宇宙を救え!高校生!!
第9話 母の匂い
メモに書かれていた住所は、セントラルコロニーから程近い、27番コロニー内にあった。
番号が二桁台のコロニーは、火星への移住が始まった初期に建造されたコロニーで、建造物や設備は老朽化して不便であったが、代わりに最新のコロニーには無い、味わいを持ったコロニーだった。
そこで暮らすのは便利さよりも趣を好む人種で、詩人や画家、音楽家といった、クリエーティブな職業に携わる人々が数多く暮らしていた。
「えーと、たしかこの辺りのはずなんだけど・・・・」
ダイモスに搭載のナビが示している住所の辺りにいるのだが、そこはただの路地で、人の暮らしている気配は全くなかった。
居住区画が古いのと、地域の住人が勝手に建物を建てたり、道路を作ったりするので、ナビの地図が追いついていないのだろう。
「よわったなー。時間が無いのに・・・・」
その時だった。
ビルの隙間から僅かに見える空を仰いで、途方に暮れている僕の耳に、どこからともなく風に乗って微かな歌声? が聞こえてきた。
「あれ? 何か聞こえる・・・・・・」
ダイモスを道端に停車すると、途切れ途切れに聞こえる、その歌声に導かれるように歩き出す。
ビルの間の狭い迷路のような道を幾度か曲がると、緩やかな坂道の両側に小さな花々が咲く小径へとたどり着いた。
「この坂の上から聞こえる・・・・・・」
長い坂道のようで、下からは上に何があるのかは確認できなかった。
少々登るのに骨が折れそうだが、僕は迷わず一歩を踏み出していた。
今日は気温が高く、坂道を半分ほど登ると額から汗が滲み出てくる。
大きな歩幅で、のっしのっしと坂を登って行ったその先に、蔦の巻き付いた木の扉が特徴の、小さなとてもかわいらしい一軒の家が見えてきた。
さらにゆっくりと歩を進め、その家の扉の前に立つと、耳が痛くなるほど大きな女性の歌声が扉を突き抜けて聞こえる。
「・・・・・・この曲知ってる」
女性が歌っていた曲は、誰もが一度は耳にした事があるオペラの名曲だった。
大和も以前、莉子に勧められて聞いたことが有った。
そう、女性はオペラ歌手だったのだ。
「ここで、間違いないな」
扉に書かれていた住所が、医院長の書いてくれた住所と、ぴったり一致した。
「こんにちは!」
扉に呼び鈴は無かったので、大きな声で呼びかける。
だが、歌声は止まず。僕の声は女性の大きな声量にかき消されてしまった。
「こんにちは!」
再び、もっと大きな声で呼びかけてみる。
「・・・・・・・・・・・はあい!」
歌声が止むと、代わりに、パタパタと慌てて扉の方へと歩いてくる足音が聞こえた。
ギー、と音がして扉が開くと、栗毛色の長く豊かな髪の毛を、美しくカールした小さな女性が、フワッとしたベージュのドレスを着て立っていた。
「あら、こんにちは・・・・・・どなた様だったかしらー?・・・」
女性は小首をかしげ、頬にてをあてて懸命に記憶をたどろうと試みる。
「あっ、あのー、初めましてだと思います」
頭をかきながら僕が告げると。
「ああ、良かったわ。最近物忘れが酷くて。もし以前お会いした方なら失礼ですものね」
そう言って、ころころと鈴のような声で笑う女性は、まるで十代のように見えるが、母の友人ということは・・・結構な年齢のはずなのだが・・・・・。
「自分は、飛鳥大和といいます」
ペコリと頭をさげた。
「飛鳥・・・・・・まぁ! ひょっとすると愛花ちゃんとこの息子さんかしら!」
オペラ歌手の女性は、両手を口に当てて驚いた表情をみせる。
「はい。愛花は母です」
「まあー・・・・随分大きくなって・・・・・」
不意に、女性の目頭に涙が滲んだ。
「あれ・・・以前お会いしたことってありましたっけ?」
少し焦って過去の記憶を検索してみる。ひょっとしてまだ戻っていない記憶のせいか?
「ええ、会っているわ。あなたが生まれたばかりの時に」
目頭を手で軽く押さえながら、オペラ歌手の女性は言った。
(よかった)僕はそれを聞いてちょっとほっとすると同時に、赤ちゃんの時の自分に会っている、と言った彼女の言葉に期待を抱いた。
「実は僕、両親の記憶が無いんです。だからどうしても両親の事を思い出したくって・・・・」
首のチェーンを掴んで、鍵をシャツの中から引き上げた。
「この鍵は、その当時住んでいた家の鍵だと思うんですが、見覚えはありませんか? その家がどこに有ったのかを探してるんです」
僕は、首から鍵を外すと女性に手渡した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
女性は暫く考えたあとで。
「ごめんなさい。この鍵に見覚えは無いわ。あなたが子供の頃に住んでいたという家にも、私は行ったことがないの・・・赤ちゃんのあなたに会ったのは病院の中だったから・・・・」
オペラ歌手の女性はそう言うと、申し訳なさそうに鍵を僕に返した。
「いえいえ、気にしないでください。もしかして、ご存知だったらラッキーかな・・・・なんて思っただけですから」
ははははは、と心で笑ってみた僕だったが、実はとてもショックだった。
(はー・・・・・・ここでも手がかりなしか・・・・・・・)
「あっ! そういえば・・・・・ちょっとまっててね」
そう言い残すと、女性はパタパタと足早に、奥の部屋へと消えていった。
五分後、再びパタパタと足音を立てて女性が戻ってくると、手には何か葉書のような物が握られていた。
「これ、さし上げるわ」
どーぞ、と言って女性が差し出した物は、葉書ではなく二つ折りのカードだった。
作品名:宇宙を救え!高校生!! 作家名:葦藻浮