「Nova」Episode
そんなティートの声が頭をよぎった。
そうだ…ティートの言う通りだ。
いつも私は自分を犠牲にして、周りを守っていた。
一度として…自分に目を向けた事はない。助けを求めた事なんて、なかった。
"お前は一人じゃない"
ノックスの手に力が入る。暗くなっていた視界も、何故か、僅かに鮮明になった。
──死ぬのは、怖い。死ぬのは、嫌なんだ。
だから、お願い……ティート!!
「たっ、すけてっ……!」
そう叫んで、意識が完全に途切れかける瞬間、嗅ぎなれた匂いが、ふわりと鼻をくすぐった気がした。
――Qui?――
「地の底より出でし闇の覇者、汝の槍で敵を貫け──シャドウランス」
突然地面に現れた闇の沼。そこから3メートル程の槍が出現し、それはノックスの首を絞めていた三体のゾンビを一気に貫いた。
それらはたちまちに地に溶け込むように消え、気を失っているノックスはグタリと倒れ込む。
だが、まだノックスの周りには複数のゾンビがいた。
倒れたノックスを囲むようにいたそのゾンビ達の中に、上から一人の男が降り立った。
「レストウェポン──烈風昇斬」
男を包むように風が吹き荒れ、男は片手に持った短剣と自分の体に回転を加えながら、ゾンビ達を斬りつける。舞う風も鋭い刃と化し、ゾンビ達を巻き上げながら無惨に切り裂いていった。
豪風の中心、風の渦の真ん中では、髪を風に撫でられながらノックスを抱えた男が立っている。
男が短剣を一振りすると豪風は消え、同時にゾンビ達も全滅した。
ノックスを抱えていた男は安全を確かめてから、静かにノックスを床に寝せ、もう一人の赤い瞳の男に目を移す。その目は助けを求めるように揺れていた。
「ライム……」
「死んだのか?」
「バカか! 死んでねぇよ! 息はある」
赤い瞳の男──ライムはノックスに近寄り、片膝を折った。
「お前、回復系使えねぇか?」
「悪いが使えん。 ……だが」
「だが?」
ライムは懐から一つの小さな小瓶を取り出すと、それを投げやった。
「そいつを飲ませてみろ、ティート」
男──ティートは不思議そうに小瓶を見つめ、ガラスの蓋を開けて中を覗き込んだ。中からは甘い匂いがふわりと漂っている。
「何だこれ?」
「俺が作った回復薬だ。傷と魔力を回復させる」
「へぇ……そりゃすげぇ」
僅かに躊躇っていたティートだが、ライムの言葉を信じ、そっとノックスの口に小瓶を近付けてゆっくりと傾けた。
少しだけ開いたノックスの口に透明な液体が流れ込み、やがてごくりとノックスの喉が音を立てる。
それを見て、ティートは小瓶を離し、ノックスの様子を見守った。
何度か呻き声を上げて暫くすると、ノックスは虚ろな目をゆっくりと開く。視界の中に入ったティートの顔を見て僅かに驚いたようだった。
「ノックス! 大丈夫かよ?」
「ティート……?」
「悪い。 案外敵にてこずっちまって……。 心配かけたな」
かすかに笑ったティートがそう呟いたのを聞き、ノックスはふっと笑う。
「本当だ……バカ者」
「悪ぃ」
「取り込み中に悪いが」
と、ライムがノヴァクリスタルを見ながら言った。
そんなライムを振り返ったティートは、その中で眠っているティラの姿に目を見開いた。
「おい、その中にいるの……」
ティートの戸惑ったような声に、ライムは淡々と呟いた。
「ああ。ティラ・リュミレイだ」
「……!」
ティートの目が更に大きく見開かれた。その表情はとても悲しそうで、苦しそうだった。
ノックスがゆっくりと上体を起こし、ティートと同じようにティラを見つめる。
「何とかしてティラを助ける方法はないか? ライム」
そんなノックスの言葉に、ティートはピクリと肩を揺らした。
「クリスタルを破壊して中から出せば一番早い」
だが、とライムは目を閉じて続ける。
「ノヴァクリスタルを破壊するにはある奴を倒さなきゃならん」
「ある奴?」
ティートがかすかに首を傾げる。
「ノヴァクリスタルは古くから"守護する者"がついているとされている。 そいつはクリスタルを傷つけた者の前に現れ、相手に自分の姿を見せることなく殺すそうだ」
「って事は、ノヴァ壊す以前の問題だろ? そいつに殺されたら助ける所の話じゃねぇぞ」
そう言うティートの横で、何かを考えるように眉を寄せていたノックスが静かに呟いた。
「その"守護する者"を倒せば、ノヴァも壊れる……」
「あ?」
ノックスの呟きに、赤い瞳を開いたライムが軽く頷いた。
「その通りだ」
「相手に自分の姿を見せないで……ってのは?」
ティートの問いに、真っ先にノックスが答える。
「ミーナが言っていたあれだ」
「あぁ……『キラキラし過ぎて』ってやつか」
二人の会話に出てきた『ミーナ』と言う名前に、ライムは誰だ、と言うかのような目線を二人に向けた。それにノックスが気づく。
「この屋敷に住んでいた女の子の亡霊だ」
その答えを聞いて、ライムは心の内で納得した。
──あいつか、と。
一方のノックスとティートは疑問を抱いていた。
何故ライムはこんなにも、未だ詳細が分かっていないノヴァクリスタルの事を知っているのだろう。ただの情報屋にしては詳しすぎるのではないか、と。
「"守護する者"はそこらにいる魔物とは違う。 生半可な覚悟だとすぐに殺されるぞ」
黒剣を肩に乗せて、肩越しにノックスとティートを見たライムが言った。
そのライムの言葉に、二人はそれぞれ返事をして頷いてみせる。
皆、体力も魔力も十分にある。全てを出しきって戦うのみだった。
「俺が術をかけて"守護する者"を見られるようにする。 クリスタルへの攻撃も俺がやる。 相手が出てきたら好きにしろ」
少々大雑把な説明をノックスとティートにし、ライムは二人が武器を構えたのを確認すると、黒剣を構え、勢いよくクリスタルに突き刺した。
パキィンッという音が響き、ノヴァクリスタルに小さなヒビが入った。
クリスタルに剣を突き刺したライムは、すぐにノックスとティートに目を向け、小さく何かを呟いた。
それは言葉だったのだろうか。
聞いたこともないような言葉を呟いたライムにかすかな恐怖を覚えた二人だったが、今はそれどころではない。
ライムが二人に向かって右手をかざすと、ノックスとティートに黒い霧のようなものが降りかかった。
「何だ!?」
「油断するな、来るぞ」
黒い霧に驚いていたノックスとティートに、ライムが前を見据えながら言う。やがて、真っ暗闇の中から何かが現れた。
その姿に、ノックスとティートの二人は目を見張った。
大きな口に鋭い牙、前足には翼が生えて、胴体を含めて全体が鱗に覆われている。そして、所々にクリスタルが生えていた。突き刺さるようなその双眸は白銀に輝き、細長い光彩がその中で収縮している。
「ドラゴン…!?」
ティートが目を瞬き、驚いた様子で前を見て呟いた。その隣ではノックスが呆然として銃を握っている。
「……じゃないがな。 姿はそうだが」
驚く事もなく冷静に言うライムに、ノックスは前を見据えたまま口を開く。
「どういう事だ…?」
「"守護する者"は形が定まっていない。 見たときによって姿が違う」
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那