「Nova」Episode
クリスタルを握りしめていた手をゆっくりと開いて見ると、クリスタルにヒビが入っていた。
「ティート……?」
ノックスの全身を不安が駆け抜けた。
今すぐに引き返して、戻った方が……──
そんな事を思ったのもつかの間、直ぐにその考えを吹き飛ばす。
ティートが開いてくれた道を、無駄には出来ない。
ノックスはぐっと唇を噛みしめ、再び階段を駆け降りた。
暫くすると、階段が平面の床へと変わった。細く短い廊下の先は広間のようになっており、仄かな青白い光が見えていた。
左手に銃を構え、ノックスは息を殺して歩みを進めた。
広間へと足を踏み入れ、同時に銃を前に突き出す。敵がいないことを確認し、銃を下ろしたノックスの目に、"あるもの"が飛び込んできた。
それは、廊下から見えていた青白い光の正体。まるで、宝石のように輝いていた。
ノックスは瞬時に分かる。
──ノヴァクリスタルだ、と。
だが、それ以上にノックスを驚かせた物がクリスタルの中で"眠っていた"。
「……ティラ」
ボソッと小さく名を呟く。
フラフラとおぼつかない足取りで、ノックスはノヴァクリスタルへと近付き、手を添えた。
ひやりとした冷たさを感じつつ、ノックスはクリスタルの中で眠る「幼い少女」を見つめる。
目を閉じ、手を胸の前で組んで、華やかなドレスを纏っていた。その少女の長い薄水色の髪の毛は、ノックスの髪によく似ている。
「ティラ……! ティラっ!」
ノックスはクリスタルを拳で殴りながら、必死に少女──ティラの名を呼んだ。
もちろん、ティラの反応はない。
「クリスタルに呑まれたのか……? それなら、まだ……!」
そう言ったノックスはトンッと飛び下がり、「蒼氷」「氷紜」の二丁の拳銃を取り出すと、引き金を交互に引き始めた。
「呑まれただけなら……! こいつを、壊せば!」
激しい銃声はその空間で反響した。
だが、放たれた銃弾は虚しく跳ね返り、クリスタルに傷すらつけられていなかった。軽い音を立てて落ちる弾が、ノックスを焦らせる。
やがて、銃声がピタリと止んだ。
カチカチと、弾が無くなったことを知らせるような音が、引き金を引く度に聞こえる。
「くっ……!」
歯をくいしばり、ノックスは銃をホルダーにしまい込む。
「落ち着け、考えるんだ」
自分に言い聞かせるようにノックスは呟く。
自分が使えるのは「水」「氷」「光」の三属性。その中で一番の破壊力があるのは「氷」。
しかし、その「氷」属性の術で集中的な攻撃を放つものはまだなかった。
そんな時、ノックスの脳裏にティートの姿が映し出される。
「そうだ……! ティート、お前の技なら!」
と、勢いよく振り返ったノックスは絶句する。
ティートはいないのだ。あの数の敵を、たった一人で相手にしてノックスに道を開いた。
──カツーン……
何かが落ちる音がした。
目線を足元へ落とせば、そこにはヒビが入ったクリスタル。ノックスの脳内を、最悪の映像が流れた。
その瞬間、ガツンと何かに強く殴られたかのようにノックスの頭が痛みだす。
「あぁっ!?」
思わず地面に膝をついて、手で頭を押さえる。
意識が遠退きそうな程の痛み。視界がぼやけ、ぐらぐらと揺れ始める。
「何だ……! これはっ……!」
必死に意識を繋ぎ止めながら顔をあげると、目の前が光で満たされていた。
ノックスの脳で、ミーナの言葉が蘇る。
"あまりキラキラしてるから、よく見えなかった"
ミーナが言っていたのはこの事だろうか、と内心呟きながら近場の壁に沿って立ち上がり、壁に背を預けると、ノックスは片手で目を覆った。
視覚以外の感覚を研ぎ澄ませば、確かに感じる敵の気配。
そして、クリスタルの中で眠るティラの生きている気配も。
複数の敵が近づいてくるのを感じて、目を閉じたまま、術式を展開させた。
「光よ、我が敵を滅せ──ホーリィシャイン!」
叫ぶと、ノックスの前に複数の光の弾が現れ、それらは迫っていた敵に直撃し、弾けとんだ。
弾けた際の光の粒子は、闇そのもののような彼らの肌を焼く。苦しそうな呻き声が聞こえた。
術を放ったノックスの方は、更に激しくなる頭痛に歯を食い縛り堪えていた。
「はぁっ……はぁっ、魔法を……使う、と……酷くなる、のか……?」
ゆっくりと目を開けば、未だに眼前は光に包まれたかのように真っ白で何も見えない。
ちっ、と悔しそうに舌打ちをし、再び術式を展開させる。
「大気に集う水よ、蒼き波紋を漂わせ、彼らを呑み込め──アクレイド!」
瞬間、どこからかちゃぷんっ、という水の音が聞こえたかと思うと、光によって肌を焼かれていたゾンビ達の足元から水が吹き出した。
足元からだけではない。何もなかった筈の空中からも水が生まれた。
大量の水は、逃げようとする彼らを瞬時に包み込むと、やがて大きな水球となり、空中へ留まった。
水の音が静かになった頃、ノックスが再び口を開く。
「──フリーズ」
そう呟くと、水球の周辺がパキパキと凍り始め、どんどんと水球が凍っていった。水の中でもがいていたゾンビ達は暫くすると完全に凍ってしまい、動かなくなってしまった。
痛む頭を押さえつけ、ノックスは片手を地面に這わせていた。先程落とした金色のクリスタルを探しているのだ。
「くそっ……どこだ」
痛む頭はノヴァのせいだ。そう考え、影響を届きにくくするのだという金色のクリスタルを探しているのだが、なかなか見つからない。
探している今でも頭痛は増す一方で、もう意識が離れかけている。
そのせいなのか、すぐそこにいるはずのティラの気配が全く感じられなくなっていた。
「まずい……」
これでは敵が接近していても気付く事が出来ない。
焦りを感じつつ、ノックスが手を動かしているとコツンと何か硬いものに当たった。
「……!」
直ぐ様それを掴みとる。
すると、どうだろう。激しくなる一方だった頭痛は急になりを潜め始め、真っ白だった視界にも徐々に色が戻ってきた。
内心驚きつつも、それを手にノックスは立ち上がり、僅かにふらつきながらも顔をあげる。
目の前には、血まみれの顔がいた。
「っ!!」
瞬時に敵だと認識し、飛び下がろうとしたノックスだが、背には壁があり距離をとることが出来なかった。
「しまっ……! くぁっ」
突然、ノックスの首がキツく締められた。
「あっ! ……っ、〜っ!!」
ゾンビの二本の手で締められていたノックスの首に、締め付けてくる手が増えていく。
「っ……! っ……ぁっ……!!」
どこから湧いてきたのか、ノックスの周りは血だらけのゾンビによって固められ、その内の三体が首に手を伸ばし、締めていた。
ギリギリと音が鳴るのではと思われる程に締めるゾンビの指が、ノックスの細い首に食い込んでいる。
ノックスは苦しさのあまり、無意識に涙が頬を伝っていた。
ゾンビ達の手首を掴み、少しでも離れさせようとするノックスだが、血か何かですべって上手く力が入らない。
──息がっ……!!
脳に酸素が回らなくなり、視界が暗くなっていく。
"いつも周りの事ばかり気にして、自分の事になると粗末だ"
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那