「Nova」Episode
「ドラゴンって……相手悪くねぇか?」
僅かに苦笑しながら言うティートにライムは黒剣を構えて呟いた。
「ドラゴンならまだ良い方だ」
かすかにライムの声音に変化があった。赤い瞳の奥で何かが揺れる。
「……それが、自分に関係する人間の姿よりはな」
ずっと前を見据えていたノックスが驚きの視線をライムに移すと、ライムが表情を変えた。
瞬間、ドラゴンの鳴き声が空気を激しく振動させた。
「うっ……!」
脳を揺さぶるようなその声に、ノックスとティートの二人は思わず耳を塞ぐ。ライムは顔をしかめただけだ。
鳴き声が止むと、ドラゴンは翼を広げながら三人に向かって突進してきた。距離はあったため、三人はそれぞれに散らばり激突を避ける。
ドラゴンの一番近くにいたライムが叫ぶ。
「長時間の戦闘に持っていくと面倒な事になる。 さっさと片付けるぞ」
「あぁ!」
「おう!」
壁に激突する寸前で止まったドラゴンは、バサバサと翼を動かしながら向きを変えようとしていた。
そんなドラゴンの上空に黒剣を振り上げたライムが飛躍する。
その勢いでドラゴンの背に剣を突き刺そうと振り下ろしたライムは、突然目の前に現れたものに強く弾かれた。予想外な早さの攻撃で防ぐことが出来なかった。
腹部への衝撃と痛みに顔を歪め、そのまま壁へと叩き付けられる。全身に激痛が駆け抜けた。
ライムは低く短く呻き、口から血を吐き出す。
「ライム!」
血を吐いたライムにティートが叫んだ。
ライムを弾いたのはドラゴンの尻尾だ。鱗でいかにも硬そうなそれはドラゴンの動きに合わせて揺れ動いている。
尻尾をどうにかすれば、とノックスは目を細め、銃をドラゴンに重ねて構えた。
「水よ、凍え鋭き刃となれ。空を駆けろ──アイスライン」
銃口に小さな水の塊ができ、ノックスが引き金を引くと水の塊は真っ直ぐにドラゴンへと放たれた。
それがドラゴンの身へ届いた頃には一本の氷の槍へと化している。
氷の槍はドラゴンへと見事に刺さり、それを確認したノックスはすぐに地を蹴り、後ろへと飛んだ。
間を開けず、先程までノックスが立っていた場所にドラゴンの尻尾が叩き付けられる。ノックスが退いていなければ直撃だっただろう。
ドラゴンは自らに突き刺さった氷に怯む様子を見せていない。尻尾が地面に傷跡を残したのを見ながら、ノックスは再び術の詠唱に入った。
──もっと多く、もっとイメージしろ……。
「……大気に住まう水たちよ、凍れ───」
そのノックスの詠唱を聞き、ティートは短剣を逆手に持ちかえるとその場から駆け出した。
視線の先にはドラゴン。正確にはドラゴンの背だった。
前に踏み出していた足で、思い切り地面を押すようにして飛び上がる。
そのティートに気付いたドラゴンは尻尾を振り上げ、ティートに向かって振り下ろした。目前に迫った尻尾にティートは慌てる様子もなく、逆にニヤリと口角を上げる。
尻尾はティートに当たる僅か手前で真っ二つになった。
切れた尻尾が落ちていく影から、雷を宿した黒剣を手にしたライムが見える。
そんなライムをティートが見ると、ライムは一瞬だけ視線を合わせ、すぐにふっと目を逸らした。笑みを浮かべたまま、ティートはドラゴンの背に無事着地すると、同時に短剣をドラゴンの背に突き刺す。
その短剣を中心に光を帯びた緑色の術式が展開され、暴れるドラゴンからすぐに空中へと飛んで距離をとったティートが呟く。
「樹よ、縛れ」
そう呟くと展開していた術式から木の根が大量に現れ、それはドラゴンの身に絡み付いて動きを止めた。絡み付いた木の根に苛立たしげにドラゴンがもがき、少し離れた所でノックスは魔力を高めていた。
ノックスを中心に周りの空気が冷たくなっていく。
そして、ノックスは最後の言葉を唱えた。
「その身を刃と化せ。我に抗う敵に刻み込め」
すっとノックスが手のひらを上に向けて右手をあげる。
瞬間、何もなかった空中に、ドラゴンを囲むように鋭く光る無数の氷の槍が現れた。
氷がギラリと輝く。
「シャレスティ」
勢いよく右手を振り下ろしたノックスに従うように、空中に現れた全ての氷がドラゴンの至るところを貫いた。
ドラゴンは叫び声を上げてその場に倒れ込み、グッタリと足を投げ出す。突き刺さった氷が溶け、ポタリと水が流れた。
――coeur――
「やったか?」
ティートがドラゴンの顔を覗き込みながら言った。
ノックスは銃をしまい込み、ふぅと息をつく。
ライムがドラゴンの近くへ歩み寄ると、ドラゴンはピクリと足を動かし、閉じていた白銀の目を開いた。
「……! まだ生きてる!」
ノックスは驚いて目を見開き、顔を覗き込んでいたティートは顔をひきつらせている。
目を開けたドラゴンは、それ以上体を動かそうとはしなかった。恐らくはほとんどが機能しないのだろう。
無表情で見下ろしていたライムを見つめ返し、ドラゴンは苦しそうに呻きを上げながら大きな口を開いた。
「そう、か……貴様が、レイヴァレスを……」
「喋ったっ……!?」
驚きに目を見張ったティートとノックスは、すぐに武器を構えようとしたが、それはライムによって止められた。大丈夫だ、もう動けないさとでも言っているかのように。
ライムは、ゆっくりと言葉を紡いだドラゴンの目の前へ行くと、冷酷な瞳でドラゴンを見下ろした。
「聖結晶ノヴァクリスタルの守護者、ファクロとみる」
ライムが静かに呟いたその言葉に、ドラゴンは小さく頷いた。
「いかにも……リルファの名を……継ぐ者、だな……」
「ああ」
「……聞きたい事が、ある、のだろう……?」
「……そうだ」
声音を低くして肯定したライムの表情はいつもと違う。
ティートとノックスの二人は、この時に初めてライムの感情を目にしたような気がした。
「何故」
ライムの声に僅かな震えが混ざる。
「何故、あの時にレイヴァレスは暴走した……!? 何故、守護者イルミナまでもが、俺達を襲った……!? 俺達が、何をしたっ!?」
次々と言葉を発するライムに、ドラゴン──ファクロは落ち着いた声音で諭す。
「落ち着け……リルファの子……」
「教えろ……あの時、何が起こっていたのか!」
声を荒げて問うライムの様子を目の当たりにしたティート、ノックスの二人は、口を挟むことが出来なかった。
出会ってから今まで、ライムがこんなに感情を表に出すところは見たことがない。その様子から、ライムがどれだけ感情を奥底に閉じ込めていたのかが見てとれた。
「あれは……悲惨だった……」
「……っ」
ライムの歯ぎしりの音が聞こえる。
「リルファの子よ……すまぬが、貴様の望むものは、くれてやれん………」
「……だろうな」
淡々として、ライムは短く吐き捨てた。
「もう何体か、お前と同じS級クリスタルの守護者に聞いたが………誰も情報を持つ奴はいなかった」
黒剣を強く握り締めて、ライムはファクロを見つめた。
そして、クリスタルへと視線を移す。
「……コアはどこだ」
「我がクリスタルの核……教えても、取り出せんぞ……」
「どういう事だ」
「……我が死せば……すぐに分かる」
ファクロの言葉に、ライムは眉を寄せた。
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那