「Nova」Episode
『私は何もしないよ』
ノックスが辺りを見渡しながら口を開く。
「誰だ……!」
ノックスの背後を守るようにティートがやって来る。
互いに背中を合わせて周りを見るが、そこには誰もいない。扉も開いてはいない。
「姿を見せたらどうだ?」
ティートが言う。
すると、ノックスの目の前に白い霧のようなものが現れる。その霧は徐々に何かの形に変形していくと、二人の前に一人の少女が現れた。
「!?」
『驚かしてしまってごめんなさい』
「君、は……」
『私はここに住んでいた者です……もう何年も前に死んでしまったの』
「ゆ、幽霊っ……!?」
ティートの顔がひきつる。
下の階や、今ここで戦っていた化物は平気そうだったのに、何故幽霊はダメなのだろう。良く分からない。そんな事を、ノックスは静かに思った。
目の前の少女の長く柔らかそうな髪の毛がふわりと揺れる。
「どうしてこんな所に?」
ノックスが問うと、少女はじっと見つめてきた。
何かを探るような……ライムの目と同じ煌めきがある。
その目を見て、無意識にノックスが後ずさった。
そんなノックスをよそに、幽霊の少女は話し始める。
『私はこの屋敷に住んでいたんだけどね、突然化物に襲われちゃって……』
「化物って、あのゾンビみたいな奴らか?」
『ゾンビ……? ううん、たぶん違う』
「あいつらじゃないのか……? なら、どんな化物なんだ?」
ティートが問うと少女は目を瞑り、難しそうな顔をしながら手で何かを表そうとする。
『えっとね……大きいの、とても。それで……すごくキレイ』
「キレイ……?」
ノックスが眉を寄せる。
『そう、とてもキレイ。 キラキラしてて、でもあまりキラキラしてるから良く見えなかった』
「眩しすぎる程の輝き……?」
「ティート、もしかしたら」
そんなノックスの言葉に、ティートは考える。
そして、一番最初に出てきたものは、この廃墟へ来た理由となったものだった。
「おいおい……まさか……あり得ないだろ」
「確かに、クリスタルは動かないし化物でもない。 だが、もしも全てのクリスタルの原石となったものなら……?」
「それでも……」
「クリスタル個々が持つ影響力の原点はどんなものか分からないだろう?」
「だとしても、話が飛んでねぇか。クリスタルが化物にまでなるのかよ?」
『あの、お姉ちゃん達……』
二人が言い合う横から少女が控えめに口を挟む。
ごめん、とノックスが微笑むと少女も微笑み返した。
『お姉ちゃん達の言ってるクリスタルって……もしかしてノヴァっていうクリスタル?』
「っ!! 知ってんのか!?」
ティートの大声に少女はビクッと肩を揺らす。
その様子を見てノックスがうるさい、とティートの腹に肘を叩き込んだ。
ティートの嗚咽が聞こえた。
『石碑は見つけた……?』
「石碑なら私が見付けたが……」
『その石碑に何か書いてなかった?』
「あぁ、確かに文字が書いていたが……」
「何て書いてあったんだ?」
「古代文字だった。残念ながら私には読めなかった。 ……その文字がどうかしたのか?」
ノックスの言葉に少女は悲しそうに俯き、ふるふると首を横に振った。
『えっと、そのノヴァっていうクリスタルはね、色んな化物に守られてるみたいなの』
「守られてるクリスタルなんて聞いた事ねぇな」
『ノヴァの力なんだと思う……』
「ノヴァの影響?」
少女は頷く。
『お姉ちゃん達が言ってるゾンビっていうのも、私が見た化物さんも、全部その力のせい』
「つまり、そいつらはノヴァに守るようなや操られている……?」
少女が真剣な表情で見つめてくる。
自然にノックスとティートの体は緊張で強張る。
『あんなクリスタルが人の手に渡ってしまったら、この世界はおかしくなっちゃう』
そんな少女の言葉を聞いた二人は、渋く顔を歪めた。
「人を操れるノヴァの影響力を使えば、そいつの思い通りだ……」
ノックスが呟くと、少女は真剣な眼差しを向けたまま頷く。
『お姉ちゃん達は、ノヴァが欲しいの?』
「私たちは……」
そう、自分たちはずっと探してきたのだ。伝説とも言われた、そのクリスタルを。
喉から手が出そうな程に欲したそれは、世界を混沌へと導くもの。
「ノックス」
呆然と立ち尽くすノックスに、ティートは自分の胸が痛むのを感じた。
そんな胸元をキュッと握りしめると、首から提げていた金色のクリスタルが手に当たる。
そのクリスタルを短い間で見つめ、静かに口を開いた。
「お前はどうしたいんだ? ノックス」
「……私」
「お前は何でノヴァが欲しかったんだ。 その理由は覚えてんだろ」
「当たり前だ…! でも、そのノヴァのせいで周りに害が出たらどうするんだ!」
そんな言葉に、ティートは呆れたようにはぁ……と溜め息をついた。
「……そうだったな。 お前はそう言う奴だった。 いつも周りの事ばかり気にして、自分の事になると粗末だ」
ふっ、とティートが苦笑する。
「だけど、たまには自分の事も考えてやればどうだ? 素直に動いてみたらどうなんだ?」
「素直に……」
言葉を繰り返したノックスは、ギュッとキツく目を閉じる。
『お姉ちゃん……』
「……私はノヴァが欲しい!」
ノックスが僅かに震える声で言葉を吐き出すと、ティートは安心したかのように笑み、少女もふわりと柔らかく笑んだ。
『そっか……分かった!』
「ん? 何だ、止めるんじゃないんだな」
意外だとでも言うような表情で、ティートが呟く。その言葉に、少女は満面の笑みを浮かべて応えた。
『お姉ちゃんとお兄ちゃんなら、大丈夫な気がするから!』
ティートが首を傾げていると、少女が消えかかっているのに気が付いた。
「ちょ、お前どっかに行くのか!?」
ティートの声に顔を上げたノックスが、その少女を呼び止めるように言った。
「君の名前は……!」
少女がくるりと白いワンピースを翻し、微笑む。
「ミーナ!ミーナ・キャロル! 気を付けてね! ノックスお姉ちゃん、ティートお兄ちゃん!」
元気に名を告げ、二人に別れの言葉を言うと、少女は白い霧となって静かに消えた。
はぁ……とティートの溜め息が聞こえ、ノックスはくすっと笑みをこぼした。
「何で笑ってんだ?」
「いや、何でもない。さぁ、行こう」
「行くって? どこへ?」
「何を寝ぼけた事を言ってる。 ノヴァの所へだ」
「あ? でも、場所は?」
「だから、今からそこを探しに行くんだろう」
身を翻し、スタスタと軽い足取りで出口へとノックスが向かう。
ティートにはそんなノックスの背が、たくましくも見え、また、僅かに小さくなったような気がした。
――confiance――
『アディリス・ローラ……セスティ・ロック……スペアティス・ラルク……』
少女は石碑の前にいた。細くかよわい声で紡ぐそれは、どこか悲しみを含んでいる。
『三大英雄……古代の激戦を唯一生き残った三人。その三人が書き残した唯一の言葉は、あのお姉ちゃん達にも伝わらなかったのね……』
目の前の巨大な石碑に優しく触れ、ゆっくりと撫でる。うるうるとした少女の瞳からは今にも涙が零れ落ちそうで、彼女がそれを我慢しているのが良く分かる。
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那