「Nova」Episode
ノックスに叫ばれた瞬間、ティートは何かの気配を感じて背後を振り返った。
目の前には、目から血を流し、口を大きく開け、今にも襲いかかってくるように手を伸ばした化物がそこにいた。
「っ!!」
ティートはとっさに右足を振り上げ、相手の顎を蹴り上げる。ゴキッという音と共に、その化物は後ろへ倒れ込んだ。
倒れた化物はなおも立ち上がろうと動いている。その首はあり得ない方向へと折れ曲がっていた。
「何だこいつ……!!」
「一人だけじゃないみたいだ」
ノックスの言葉にティートが前を見ると、同じような輩が何十人も四方八方から歩いてきている。
数の多さに思わず顔をしかめ、ティートが小さく声を漏らした。
「冷たき刃はその身を切り裂く! 氷結の女王は微笑み、抗う者を凍てつかせる!」
ノックスが叫ぶと、周りに冷たい嵐が吹き荒れ始める。
その嵐は化物たちを呑み込むと、たちまちにそれらを凍らせてしまった。
ホルダーの二丁銃を取り出し、ノックスは空中へと跳び上がる。空中で逆さまの状態になり、二丁の銃を構えた。
「光の雨だ」
両手に持った銃の引き金を一回ずつ引くと、そこからは光の弾が何百という単位で現れ、それは凍った化物たちへと降り注がれる。
地面へたどり着いた光の粒は、軽快な音と主に弾けて消えていく。
光の弾は次々と氷を貫き、ノックスが地に着地すると同時に化物もろとも崩れ落ちてしまった。
「〜♪ さすがぁ」
ピューッとティートの口笛が響き渡った。
「見てないで手伝え」
「いや、だってお前どんどん一人でやるから、俺が入る隙なかった」
「いくらでもあっただろう」
「いや、全然」
「あっただろう」
「なかったって言ってんだろ!」
「……はぁ」
「いや、俺が溜め息吐きてぇ気分なんだけど」
二人がそんな会話をしていれば、奥の階段からまたしても同じような化物がやってくる。
キッと視線を鋭くして、二人は身構えた。
「さすがに続けざまはヤバイな」
「ここは一旦逃げるぞ」
アイコンタクトを取り、同時にその場から駆け出した二人は目の前の大きな階段を駆け上がる。
屋敷の二階へ行くと、不気味な程に静かだった。
長い廊下の両側にたくさんの扉が並んでいる。時々開いている扉を見つけ、そっと中を覗けば、中は酷く荒れていた。
そんな中を歩き続け、二人はある一室へと入った。
「ここは……」
「倉庫みたいだな」
洋風な部屋の入り口とは裏腹に、中は鉄板で覆われた武器倉庫だった。
「ふむ……ティート」
「あー言わなくても分かってる……気を付けろよ」
「お前もな」
ふっと僅かに笑むと、ノックスとティートは再び部屋を出る。
周りを見渡し何もないことを確認すると、二人はそれぞれの逆方向へと歩み出た。
背を向けて、二人は遠ざかっていく。ただ、二人の歩く音だけが聞こえていた。
――liberte――
「…そして現在に至る、ってか」
「わざわざ回想ご苦労」
武器倉庫の中での戦闘を終えたティートとノックスの二人は、それぞれが見てきた場所の様子などを話そうとしていた所だった。
ティートは自分のライフルで敵を殴った事に後悔しているらしく、その長銃を優しく撫でながら「ごめんなぁ…」と呟いている。
「悲しむくらいなら何でその銃で殴ったんだ」
「そりゃねぇだろ。お前の真後ろにいたんだぞ?」
「気付いていたぞ?」
「まぁ……お前に傷、つけたくなかったからな」
「!?」
突然のその言葉に、ノックスは体温が上がっていくのを感じた。
「な、何言って……」
「だってお前、誰かに傷付けられると暴走するだろ。 その暴走に巻き込まれたくなかったからな」
「……」
ノックスが冷めた瞳をティートに向ける。
無言で見つめていたその視線に気付いたのか、ティートが振り向いた。
「? 何だよ?」
「……」
「??」
「……私が馬鹿だった」
短く溜め息を吐き出しそう言ったノックスは、ティートから視線を外し、どこか遠くを見つめる。
そんなノックスにティートは訳の分からないままで、ただ呆然と見ているしかなかった。
暫くそのような雰囲気が流れ、ハッと我に返ったようにティートが沈黙を破る。
「そ、そういや、ノックスはどこを見てきたんだ?」
「ん? あぁ…私はとりあえず上の階に行ってみた」
「ふーん……って、この屋敷二階までじゃなかったか?」
「外から見て、私もそう思ったんだが、上の階に行く階段を見付けたんだ」
ティートが目を細める。
「……で? 何かあったか?」
「あぁ……今までに見たことがない程大きな石碑だ」
「石碑だって? 部屋にあったのか?」
ノックスは軽く首を横に振った。
「部屋はなかった」
「なかった?」
「その階全体が大きな広間のようになっていた。その真ん中に石碑が置かれていたんだ」
そう言う事か、とティートが呟いた。
「それに、その場所だけが木の根や草に覆われていた」
「!」
「石碑には新しい手形が付いていた……大きさから見て子供の手形だ」
ノックスの言葉に、ティートは考えるような仕草をする。
「って事は、生きてる人間がいるかもしれねぇな」
「そうだな……お前はどうだったんだ?」
「あぁ、俺はとりあえず二階を一回りしてみたんだが、情報になりそうな物は特になかった」
「……そうか」
そう言ってノックスは目を閉じた。
よし!と声を上げて出口へと向かうティートを呼び止める。
「なぁ、ティート」
「あ? 何だ?」
「ノヴァが、もし本当にあったら、お前はどうする?」
「……」
少し驚いたように目を見開くティートに、ノックスは蒼い瞳を向けた。
そこから読み取れるのは、彼女の中で僅かに揺れ動く不安の色。
ノヴァは未だその詳細が漠然としていて、まさに未知の塊。
クリスタルの中には、手に入れた物に何らかの影響を与えるものが多く、それはクリスタルのランクや貴重度が高いほど危険なものになっているという証明が出されている。
影響にも様々な種類があるが、人体影響型が多い。脳内を刺激され混乱に陥る者もいれば、クリスタルの突然な急成長に飲み込まれ、クリスタルに閉じ込められたものもいた。
そして、クリスタルの中で一番貴重でランクが高いノヴァクリスタルは、何が起こるか分からない。もしかしたら命に関わるほど強大な力かもしれなかった。
「お前はそんな心配しなくてもいいんだよ!」
「……」
「はぁー……お前はネガティブ思考しか持てないのかよ? 人体影響型のクリスタルだって事も決まってねぇだろ」
「そう、だが……」
俯くノックスにティートは身を翻し、長銃を肩に掛ける。
「ま、お前が死んだら俺が生き返してやるから安心しろ」
「……っ!!」
驚きと僅かな怒りを込め、ノックスは勢いよく顔を上げると声を上げようと口を開く。
しかし、それよりも早くティートが言葉を放った。
「俺の代わりなんているとは思ってねぇ。 死ぬ気もない。 二人で生きて帰る……そうだろ?」
その言葉にノックスは目を見開く。
ティートがニッと不敵に笑っていた。
『そう。代わりなんてこの世にいないんだよ』
「!?」
突然その場に響いた声に、二人は驚きながらも警戒した。
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那