「Nova」Episode
太陽の光が暖かくさんさんと降り注いでいた。
──……
「この事について知っている事を言えるなら、タダで情報はくれてやろう」
ライムが持っていたのは一枚の写真。その写真は薄汚れていて、所々切れている。
その中にいたのは一人の幼い女の子と、側には機械のような少年。つまり、アンドロイドであった。
それを確認した瞬間、ノックスが弾かれたように写真から離れる。
「……っ」
「知っているのか…?」
すっと赤い目を細めたライムがノックスに問う。
刹那、周りの壁に掛けていた絵画や古い剣などがガタガタと音を立て、揺れ始めた。同時に、ピリピリと痺れるような感触がライムの肌に届く。
ノックスの殺気だった。
「その写真……どこで手に入れた?」
低く唸るような声で問うノックスの瞳は冷たさを増して、怒りか悲しみか、ライムでも見抜けない複雑な色に満ちみちていた。
殺気が部屋中を包んだそんな状況でも、ライムは平然としていて全く動じていない。
そして、問いに答えるため口を開く。
「それは言えないな」
カチャリ。
ライムに銃口が向けられる。
ノックスに握られた銃は冷たく輝き、共鳴するかのようにノックスの瞳も輝きを増した。
「言え」
そう言うノックスに、ライムは呆れるように言う。
「立場が逆になっている。 最初に聞いたのは俺だ」
ライムが写真を空中へと放り投げた。その写真はひらひらと舞いながら床に向かって落ちていく。
ダンッ─…!!
突然、一発の銃声が部屋に響き渡った。
銃弾は写真を貫き、ライムの頬をかすめて彼の背後の壁に穴を開けた。穴が開いた付近の壁はいつの間にか氷に覆われている。
頬に一筋の赤い線が刻まれたライムは無感情にノックスを見つめた。
銃口をライムに向けたまま構えていた彼女は、何故か悲しみに顔を歪めている。脱力したように、ノックスは銃をおろして呟くように言った。
「知ってて……わざと聞いたんじゃないのか?」
気づけば、満ちていた殺気が消えていた。
アンティーク調にまとめられた部屋はしんっと静まりかえり、互いの心音が聞こえそうな程だ。
そんな中で、ライムは頬から流れた血を拭い、立ち上がると、穴が開いて僅かに凍っていた写真を拾い上げる。
ライムを見ていたノックスは持っていた銃をホルダーにしまい込むと、身を翻し出口へと向かった。
「情報はいいのか?」
ライムの言葉にノックスの足が止まる。
暫く背を向けたままだったノックスは、やがて肩越しにライムを見て静かに告げた。
「その写真の事について話すくらいなら、今この場で舌を噛みきって死んだ方がマシだ」
そして、ノックスは扉に手をかけ、押し開ける。外に出て立ち止まり、ふと空を見上げる。
澄みきった青い空に、大きくそびえ立つ城。
「私達は……」
ノックスの声は、その時駆け抜けていった風にかき消された。
水色の冷たい髪の毛がさらりと揺れていた。
──……
「どうするんだ、これは」
壁に大きく咲いた大輪の氷華を見つめていたライムは小さく息を吐いた。
ノックスの銃弾から生まれた氷は、時間が経つごとに少しずつ成長を続けていた。
暫くその様子を見ながら考えを巡らしていたライムは、ふっと僅かに笑うと氷にそっと触れる。
「さすが、氷姫というところか」
ライムがそんな事を言った瞬間、手で触れていた氷が一気に溶けだした。瞬く間に全ての氷は溶け、店の床を水浸しにする。
水で濡れた手を壁から離したライムの手のひらから一瞬、ポッと何かが吹き出した。
「せっかくの写真はこのザマか」
薄汚れた写真は完全に氷に覆われてしまっていた。
その写真をコト、と机の上に置き、ライムはイスに腰かける。
「10年前の継承式……か」
ボソッと小声でライムが呟いた。
今から10年前。当時僅か7歳のリュミレイ姫への権力の継承が行われようとした事があった。
リュミレイ姫とは、このバハートを治めるセルズ王の唯一の娘。
その優しい性格から国民からも愛され、外見もとても美しかった為に他の国の王子などからの求婚も多かった。
そんなリュミレイ姫にセルズ王は権力の継承式を行う事を決め、その式を国民全員が心待ちにしていたという。
だが、当日。肝心のリュミレイ姫が王宮から忽然と姿を消したのだ。
慌てたセルズ王や王宮の者たちは、執事役をやらせていたアンドロイド〈試験体00761-assault-karoin〉を探した。
しかし、リュミレイ姫から「アサルト」と呼ばれていたそのアンドロイドも姿を消していた。
その事件以来、リュミレイ姫とアサルトの生息は掴めず、今現在もその存在を探しているらしい。
「困った姫だな」
氷の欠片を持ちながら、ライムが小さく呟く。
持っていた手に僅かに力を加えると、欠片はパキンッという音と共に脆くも崩れてしまった。
「王宮の奴らも、所詮目は節穴か」
そう言ったライムは突然立ち上がると、壁に飾られていた黒い剣を掴む。
「俺も久しぶりに外に出てみるか」
赤く輝いていたライムの瞳の奥で、何かが揺れ動いていた。
――journee――
「…で?ここか?」
「そう…みたいだな…」
バハートの結界から出たティートとノックスは、外にうごめいていた魔物に苦戦しながらも、何とか目的の廃墟にたどり着いていた。
そして、その"廃墟"を見るやいなや、二人は目の前の光景に驚きを隠せずにいた。
真っ白で汚れがついていない綺麗な壁。庭は良く手入れされているような芝生が茂り、大きな噴水からは水が気持ち良さそうに天に向かって噴き出されていた。
見る限り、大層な貴族が住むような屋敷だ。
「これ……」
「廃墟って言えんのか……?」
門の前で呆然と立ち尽くしていた二人は、ポツリと呟く。
「場所は合ってるん、だが……」
「最近、誰もいなくなったのか?」
「いや……話によると大昔のこの世界の建物らしいんだが……」
「……これが?」
「あぁ……」
建物を見上げたまま二人が話していると、突然、目の前の大きな門がギィッ…という音をたて、勝手に開き始めた。
「っ!?」
「勝手に開きやがった……!」
門が完全に開き終わると、ノックスとティートはお互いの顔を見合わせた。
ノックスが再び建物を見上げ、僅かに目を細める。
「……入るぞ」
「あぁ……」
ノックスが呟くと、ティートも頷きながら答えた。
二人がゆっくりと歩を進め、屋敷の玄関の前へとたどり着くと、ティートが扉を押し開けた。
中は朝にも関わらず薄暗く、多少埃っぽい匂いがした。だが、外見と同様に廃墟という割りには壊れている所がほとんど見られず、綺麗に形が保たれていた。
「こんなにキレイに残ってると逆に気味悪りぃな……」
「……」
「……?どうした、ノックス?」
ティートが隣にいたノックスを見ると、ノックスは顔をしかめて遠くを見ていた。
「いや……何か変な臭いがしないか?」
「臭い……?」
その言葉に、ティートは鼻に意識を集中させた。確かに生臭いような気がする。それに、なにかの腐臭も鼻に届いていた。
「何だ……この臭い」
「っ!! ティートっ!!」
作品名:「Nova」Episode 作家名:刹那