憑くもん。
「俺の場合はな、『カミサマ』になりたかったんだ。」
…待って優しい笑顔で精神科のチラシ指差さないで、向精神薬出してこないで。
「全く、ちゃんと依り主さんの意見を聞いて差し上げてるのに茶化すからこんな微妙な空気に…」
「話を最後まで聞けって幼稚園の頃に言われなかったか?」
「へへーん、九十九神に幼稚園なんてありませユワンッ!?」
頭の白い帽子(に見える皿)を掴み頭をグワングワンと回して差し上げる。
「…続けてください。」
「どういたしまして。」
「『カミサマ』って言っても無論例えだ。この力で全世界を救うとかいうカルト集団チックな事とかじゃない。俺はただ自分の回りが揺れ動くのが嫌だったんだ。それをなんとかできるようになりたかったんだ。」
「…と、言いますと?」
「ほんの少しの入れ違いで物事は大きく狂う、ほんの少しの思い違いで人間関係は直せなくなる。これだけ言えば過去に俺に起きたことの何が言いたいか分かるはずだな。」
ソウ タトエバ オヤノ リコントカノ ハナシダ 。
「俺の過去は解ってるだろ?説明しなくとも俺の回りで何が起きたかは知ってるはずだから説明はしない。」
「まぁ…小さい頃から憑いてきましたからね。」
「なら分かるだろう、俺はこれ以上回りが揺れ動いて欲しくないんだ。」
父親は今は朧気にしか覚えていない。
父親が居なくなったとき俺は泣いてはいなかった。
ただその時から何か大事なものがなくなった。
自制心、健康管理、危機感、自分でも言い表せないナニカが無くなって見える世界は色が偏って見えた。
世界の色のなかで暖色だけがぽっかりと無くなったように。
「俺はもう子供じゃない。自分の努力を積み重ねて回りを補強出来るなら幾らでも上に這い上がる。もう自分の世界から、回りから色が抜け落ちて欲しくない。」
だから上る、上る、上る。
何も居なくならないように、積み上げてきた自身の努力、記憶の断章、そして先に見える目標で、分からない、そして崩れ去っていく回りを補強する。
………ただ
「…依り主さん、それの欠点に気付いてるかね?」
「勿論。」
「「回りを自分が作ることは出来ない。」」
そう、ここまで言ってきた、やってきたことは全て補強手助けエトセトラ。
回りが居なくなる事の根本的解決になりはしない。
「はぁーーーあ…」
と、
頭の中で考えた所で目の前の背後霊が深いため息をついた。
「何だよ…こっちは全部話したぞ。」
「いや、むしろ感心してるんです。そこまで考えてるのに何故根本的な問題の解決が分からないのかと思いましてね。」
そして目の前の見た目俺よりも四歳以上年下の女の子は容易く言ってのける。
「依り主、貴方のその感情は誰かに側にいてほしいからでしょう。」
すっぱりと断言された。
「努力をするのは回りが変わって欲しくないから。これは『前と変わらず自分の回りにいてほしい』からでしょう。貴方は回りが変わらないでいてほしいんじゃない、本当は変わってもただ側にいてほしいという気持ちが根底にあるんですよ依り主さん!」
すぐには返事が出来なかった。
ただ考えれば考えるほど、理屈には叶っていた。
回りが変わって欲しくないから努力する、なら回りが変わらないままならどういう風な事を望むのか。
きっと回りが、その人が自分から立ち去らないことを望むだろう。
「気持ちは分かります。私たち霊もそれが張り合いで生きてますから。生きてるというのもおかしいですけど。」
「忘れられたり立ち去られたくない感情、か。」
独り言のように呟くと、この九十九神は気丈に微笑んで頷いてみせた。
何年この九十九神がこの世にいるのかは分からないけれど、少なくとも俺よりも多くの別れを知っているのだろう。
思えば初めからこの背後霊は言っていた、『霊を忘れる人達がこの頃多い』と。
…この背後霊と自分は似たもの同士だったのかもしれない。
ただこの背後霊はこうも言っていた。
自分は九十九神と背後霊のミックスだから姿を現せた、普通の九十九神だったら依り物が壊れた瞬間に現れ、消えると。
今こうして姿を見せているのも珍しい事なのだろう。
本来ならば九十九神としての役割を終えて背後霊に戻るだけなのだから。
もしかしたらこの背後霊も、似たものを感じたからこそ、現れてくれたのかもしれない。
それなら、少しだけだが嬉しかった、自分に共感してくれる側の人(?)がいたことになるのだから。
だが背後霊の言うとおりならばこの状態がいつまでも続くわけではないだろう。
依り物を失っている事もある、元々が背後霊である事もある、長続きはするまい。
そんな俺の思考を読み取ったかのように背後霊は呟く。
「私はお察しの通り、今日限りの実体です。日付が変わった瞬間、シンデレラみたいに元の霊体に戻っちゃいます。」
やはりそうか。
「なので、今日みたいにこうして依り主さんと話せるのはもうありません。それに上から言われているんです、そろそろ現世から戻ってこいと言う風にね。だから本当の本当に今日で背後霊としてもお別れかも知れませんね。現世から依り主さんを幽界にご招待するわけにもいきませんからね。」
咄嗟にそれは嫌だと言いたかった。
そこまで深く将来のことについて語り合った訳じゃない。
話題について友達といつものように馬鹿話をしたわけではない。
だからいつものように周りの人がいなくなって欲しくない、という気持ちからだけではない。
それでもいなくなって欲しくなかった。
もっと話したいと思った、話を聞きたいと思った。
だからこう言いたかった。
いなくなってくれるなよ、と。
こう言えば何かが変わるかも知れないと分かっていても、口から言葉は出てこない。
それでも、嫌だと思った、憑いていてほしかった。
しかしそんな感情を伝えるよりも早く、背後霊の口が開いて決定的な言葉を紡ぐ。