憑くもん。
「じゃあ、私の帽子を取ってみてください。」
いきなり何を言うのか。
彼女は逃げるでもなしに座っている、そんな彼女の白い帽子をとる事など赤子の手をひねる以上に簡単
取れない。
「え?」
力を込める、やはりびくともしない。
目線を向けると笑いがこらえきれないといった顔でこちらを見てくる。
「取れないですよね。」
「これは…」
「これは、そう、私の九十九神である証みたいなものです。さっきまでは皿に宿っていたから白い物を身につける。私は雑種ですから人に宿る代わりに九十九神としての証を身につけていなければダメなんです。」
やむなく帽子から手を離して向かい合わせで座り直す。
「信じました?」
「…信じる、信じるよ。君は確かに背後霊と九十九神だ。」
言ったとたん表情がパッと明るくなった。
信じてくれたという事もあるのだろうが、ただ単に長い間人と話していないという理由もあるのだろう。
「それで、現れた背後霊さんは俺に何かしてくれたりするのか?」
ことわざの、正体見たりなんとやらではないが、納得がいくといくぶん話しやすくなった気がする。
それにしては質問が現実的だがそれはそれ、これはこれ。
「ううーん、実を言ってしまうと無いのですよね。九十九神が実体を現してしまうのは憑くものが無くなってしまったからなので、ご恩返しとかのためでは無いんですよね。」
「まぁ、そうだよな。住んでた物が壊れてしまって仕方なく現れたのにご恩返しも何もあるわけ無いだろうし、な。」
確かに九十九神の恩返しなんて…かさ地蔵位しか聞いたことがない。
想像はしていたがここまできてそれか、と少々気落ちしてしまう部分があるのも否定できない。
「…やっぱり何かしてほしいんですか?」
「そんなに顔に出てたか?」
「いえ、背後霊が依り主の感情が分からなくてどうするんですかという事です。」
「あ、隠し事とかも出来ない訳だ、なにそれ辛い。」
「それ以前に背後霊に隠すこと、なんかあるんですか?あるならこの際にドーンと言ってみてくださいよ!どちらにせよバレるのは時間の問題ですが。」
誇らしげな顔と共に、ろくにない胸を張る背後霊さん、お悩み相談的な物をしてみろという事か。
「で、それが俗に言う恩返しって事になるんだろ?」
「あ、バレました?」
「自分に憑いてる奴の感情が分からなくてどうする。」
先ほど言った事をこっちが返してやり、ちょっと嬉しくなる。
「悩みねぇ、」
特に無いかなと言いかけて一つ思い付く。
「そうだ、この頃ボーッとして何も手につかないんだがそれの原因って分かるか?」
…確かにこれはこの頃の悩みだ、しかし一番の悩みではない。
受験についてだとか親からの期待紛いの圧力だとか悩みは色々あるけども、現実離れした雰囲気があるこの幽霊に言っても、どうせ分からないと思ってあえて答えが分かりやすい質問をしてみた。
「受験勉強ですねー」
…そう考えていた割にはなんかさらっと答えられたんだが。
「ちょっと待て、俺は今勉強するのに何も苦痛は感じて」
「いや、勉強自体が嫌なのではなく、受験にまつわる、こういった雰囲気に負けてるといった感じですかね?」
図星、さっき頭の中で考えてた事を見事に突いてくる。
流石は幽霊といったところか、依り主の状態はお見通しらしい。
「でも分かりませんね。」
「何がだ?」
「いや、何故そこまで試験一回に拘るんです?実際受けないと死ぬわけでも無いんでしょう、それは。ならそこまで追い詰められるなら受けなければ良いと思うのです。」
「そこまで追い詰められては…」
「お皿を割るまでしたのにですか?大分追い詰められてますよ。」
真面目な顔で断言された。
ちゃんと心配はしてくれているらしい、ただ依り主が心配なのかそれとも人の気持ちの分かる一つの何かとしてか、単純に心配してくれているのかは分からないが。
「…話を戻しますとやっぱり私には分からないんです。そこまでして人が苦労する意味が、皆より上に上がろうとする気持ちが。」
純粋な疑問の表情。
少なくともこの顔は皮肉や嘲りを伴ってはいない。
この幽霊になら、ちゃんと話せるかもしれない、俺の悩みを、不安を。
ぶっちゃけた話をすれば自分でも何が言いたいのか分からない本当の意味でまとまらない話を。
ここで区切りを置くかのようにため息を一つ。
そうしてから一度息を止めて躊躇わず一気に口に出す。