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退廃庭園にて。

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 なんだか今にも何かを、どす黒いなにかを吐き出しそうで頭を振って、無理矢理頭から消えさせる。
 目の前にはメリーゴーランド。彼女が好きなアトラクションのひとつ。
 外装はとっくの遠に汚れて錆びて少しでも衝撃与えたらバラバラに崩れてしまいそうになるぐらい脆く、見える。
 彼女は少し離れて、
「行ってみよ?」
 すぐさまメリーゴーランドの中に入り、塗装が禿げた木馬に跨った。僕も続いて木馬に乗ってみる。
 昔あったはずの眩しいぐらいのライトもすっかり無くなり影で黒くなって外の静かな夕焼けが少し入るぐらいで動き出しもせず、ただ前にある木馬がもはや役目を終えたと言わんばかりに消えるように寝ていた。
 消える。
 彼女ももしかしたら消えるのだろうか。この動かない木馬のように自然と消えてゆくのだろうか。
 また僕が見てない時に消えてしまうのだろうか、一年前のように。
 体が締め付けられるような感覚。
 それだけは。それだけは、嫌だ。
 隣で木馬を撫でている彼女は何か影を落として、悲しげな目がそこにあった。
 僕はまだ分からない。
 まだ分かっちゃいないんだ、何一つも。
 彼女がどう思って今ここに居るのか。

 メリーゴーランドから離れ、無言の散歩がまた始まった。
 僕は何を話そうか真剣に考えているのだけど、一つもまともなものが無い。
 この一年間何してたの、とか、なんでここにいるの、とか。必要なことなんだけどこれを聞くのは何か抵抗感を感じる。
 自分が今どうしているのか、と言ってもそこまで大したものではなく普通に生きて過ごしているぐらいのことで、人生がちょっと変わったことなんて一度も無い。きっとこれからもそうだ。
 一心不乱に目の前の彼女は歩いている。
 僕を遠ざけようとしているのか? でもそれだったらさっき隣に来た時は何も抵抗、というよりは拒絶というものは無かった。
 じゃあなんでだろ。
 彼女は今何を考えている?

 それから様々なアトラクションを回った。
 ジェットコースターはただの動かない機体と化していた。それに二人一緒に乗って見ても、あの頃に聞いた絶叫する彼女の声はどこにも無かった。
 コーヒーカップもお化け屋敷も何もかも廃墟として昔のように楽しませることも無く、ただただそこにいるだけ。記憶の欠片も掘り起こすことは無かった。
 ほとんどの場所を見回って再会した場所、観覧車に戻った。
 もう夕焼けも消え失せて、今は夜の時間帯。
 月明かりでまだ足元と周囲は見えるけど、いつか雲に隠れて辺り一面暗闇に包まれると本格的に視界は墨をぶちまけたかのようになってしまうので、観覧車のゴンドラの中に僕たちは入った。
 まさかこんな時間になるまでいるとは思っていなかったので灯りをつけられるものなんて持っているはずも無く、しょうがないからバッテリー残量少なめの携帯を起動してみる。
 九時五十九分。
 結構長い間歩き回ったらしい。もうこんな時間になっていた。
「…………」
 相変わらず会話が出来ない。
どうすればいいのかなんて一年前に置き忘れてしまったんだろうなあ。
他愛ないことでさえ思いつかないのだから重症だこれは。
「……ハルくんは変わってないね」
「え?」
 突然彼女が口を動かすものだから、僕は何を言ったのかわからなかった。
「ハルくんは変わらないね、って言ったの」
「……そう?」
「うん全然変わってない」
 小さい携帯電話の画面の光じゃあはっきりとは見えないけど、それでもさっきとは表情が違っていた。
 ちょっと吹っ切れたような感じの、顔。
「私もね、最初は驚いていたんだ。まさか私の姿が見えてるなんて思ってなくて」
「花束置いた時?」
「そう」
 そんな風には見えなかったけど、その時の僕は錯乱していたから単なる見間違えか。
「突然のことだったから何を話せばいいのかわからなくて、なんかそんな自分ちょっと嫌で早歩きしちゃったの」
「そうだったんだ」
 彼女も僕と、同じだったんだ。
 それだけで心が救われたような気がしたのと同時にさっきまで何真剣にどうでもいいことを考えていたんだろうと思った。
「だからね、気がついたら隣にいたときは顔を見ることなんて出来なくてとっさに言葉が出てそれから、それから……」
 少し間が空いて、
「昔のこと思い出しちゃって、泣きそうになったの」
 目をこすって言葉を続けた。
「なんで死んじゃったんだろう私、なんでだろう……まだハルくんと一緒に遊びたかったのに」
 僕は何も言えずただうつむいて、自分を呪った。
 なんで本当に肝心な時で何も言えなくなるんだろう。
 でも口はいつの間にか動いていた。
「泣いちゃえばいいよ」
 彼女はハッとした顔で僕を見たけど、一番驚いているのは僕自身だった。
 こんなこと言うつもりは無かった。
「悲しい時に涙を流して泣くことができるのなんて地球上で人間だけだと思うんだ」
 どんどん勝手に動き出して言葉を吐く口。
 でも内心自然で落ち着いた気持ちになれた。
「それにさ、僕もいずれは死んじゃう訳だからさ。もしあっちに行ってしまうなら待っててよ。そしたらまた一緒に遊んで、さ」
「……………」
 長い長い沈黙。
 言いたいこと言っちゃって今更ながら後悔している。
 でもこれが多分僕の本心だ。
 表面の自分じゃ見つけられなかった、本当の自分。
「……ハルくん」
「……何?」
「泣いていい?」
「……いいよ思う存分」
 彼女は僕に抱きついて泣いた。
 思う存分泣いた。涙腺が壊れてしまうほどに泣いていた。
 僕はそれを見ながら今までの緊張の糸が切れたかのように、意識を失った。

 少し寒さを感じる。
 目を開けてみると彼女の姿は無くなってしまってその代わり彼女がいた場所にボイスレコーダーと花束がその場所を支配していた。
 しかもそれらは僕が持ってきたものだった。
 なんでこんなところに?
 それにボイスレコーダーの画面を見てみると、録音した日が新しい。
 七月三十一日十一時。
 不思議に思いながらも再生ボタンを押して、『声』を聴いてみた。
「………………き、聞こえているかな……? ええとハルくん、多分ハルくんが目を覚ましている頃、私は消えちゃってると思うんだ。実際にね、メリーゴーランド乗ってから右手の小指が薄く見えてたの。言い出せずにいてゴメンナサイ。
 花束暗闇の中で必死に探したよ。私の好きな赤と白のツツジを持ってきてくれて。本当に好きなんだこの花。でも花束からボイスレコーダーが出てきたなんてびっくりしたよ。内容もハルくんらしく不器用さがにじみ出てた。私ちょっと笑っちゃったよ。こっちもゴメンね。
 そうだ、ツツジの花言葉知ってる? 知らなかったら赤と白のツツジの花言葉を教えるね。
 赤のツツジは『恋の喜び』で白のツツジは『初恋』なの。で、その花束を君に送るよ。
 ……私ね、ハルくんのことが好きということを昨日知ったの。不器用だけど優しかったし、私のワガママ全部叶えてくれた。
 天国に行ってもハルくんのことは好きでいる。これからも大好きでいて、この一瞬も忘れずに大事に仕舞っておくからね。
作品名:退廃庭園にて。 作家名:水影ナキ