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Higher and Higher (前)

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 保健室の掃除は、だいたい一年に三回くらい回ってくる。最初の委員会の日にペアをつくって、コンピューターがてきとうに割りふった当番表にしたがい、一週間ほど掃除をしなければならない。恵介と高千穂は、今回の当番で、二年生最後となる。
 保健室に行くと、向井はいなかった。職員室にでも行っているのだろう。まずは、浦辺から頼まれた氷嚢を、棚に返しておく。
 ベッドで寝ている者もおらず、教室よりも少し広いくらいの空間に、恵介一人がいた。開け放たれた窓から、野球部のランニングのかけ声が飛び込んでくる。赤いテーブルクロスが夕日に照らされて、燃えるような色をはなっていた。
同じテーブルで、シャーペンのヘッドを何度もノックしていた千里の姿を思い出す。ピンと立った小指。
「……あー」
チリ先輩に会いたいなぁ、と思った。昨日会ったばかりだが、また声が聞きたくなった。顔も見たい。
 思えば、テストが終わった次の日が卒業式なのだから、千里にとっては昨日が最後の部活だったのだ。二年間お世話になったのだから、お礼ぐらい言えばよかった。
 それに、後輩として自然に横に立っていられるのも、昨日が最後だったのだ。なんというか、もっとかみしめておけばよかった。次に会えるのは、一週間以上先の卒業式だ。
「……あー」
 ちくしょー、と言葉にならない思いを吐き出していると、入り口の扉が開いた。感傷に浸っていた恵介は、肩を跳ね上がらせる。いそいでふり向くと、向井が立っていた。
「あれ、今日もまた勉強?」
「きょ、今日は、掃除です」
「そなの」
 視線を宙にさまよわせる恵介を、向井はしげしげとながめた。扉に寄りかかって、頭をかたむける。ちょうど、さきほどまでの浦部と同じポーズだった。
「あ、あの……なにか……」
「うん。別に、汚くないじゃんね?」
「え?」
「一昨日も当番の子が来てくれてたし、今日はいいよ。授業教室ほど使ってないしね、ここ」
「いいんですか?」
「おうよ。帰った、帰った」
 どうやら、恵介ではなく、保健室の様子を見ていたらしい。しっし、と追い払うようなジェスチャーに、恵介はこれ幸いと鞄を持ち直した。すれ違いざまに、軽く頭を下げて、早足に保健室を出る。向井は軽くうなづいただけで、恵介を見送った。
どこか元気がないように見えたのは、恵介の気のせいだろうか。生徒をからかう、いつもの余裕がないような。だが、やはり自分の気のせいだろう、と恵介は思った。自分が知っている向井のことなど、ほんの少しにすぎない。
なんにせよ、掃除をせずに済んだのはラッキーだ。下駄箱を開けるときには、もう向井のことは忘れていた。

作品名:Higher and Higher (前) 作家名:春田一