Higher and Higher (前)
祝Ⅰ
玉水高校には、一棟に屋上がある。昼休み中は生徒に開放されているので、春や秋などの屋外でも過ごしやすい季節は、弁当を食べに来る生徒でにぎわう。
そんな校内の憩いの場も、今ごろのような室内から一歩も出たくないような気候のときには、閑散としていて寂しい。夏の暑い時期もそうだ。たまに、二人っきりになりたいカップルが屋上へと続く階段をいそいそと上っていくのを見るが、最近ではそれも滅多に見なくなった。総一郎はその理由を知っている。
「アイスちゃーん」
北風吹きすさぶ屋上に出ると、総一郎はまずそう叫ぶ。返事はない。乱れる髪を押さえながら、あたりを見回した。
最初から、返事は期待していない。名前を呼ぶのは、自分が来たことを知らせる合図のようなものだと、総一郎は思っている。合図をしたら、探し始める。
これはかくれんぼだ。昼休みに屋上で行われる、二人っきりのかくれんぼ。ただし、楽しんでいるのは総一郎だけで、相手の方は参加している自覚もないだろう。総一郎が勝手にやっていることだ。
「みぃーっけ」
タンクの裏をのぞくと、目的の少女が座り込んでいた。長い髪が風になぶられて踊っているが、本人は気にしていないようだ。髪の間から総一郎を見上げて、いやそうな顔をする。
「……今日も来たの?」
「アイスちゃんが来てほしいって言うんやったら、毎日来るで」
「二度と来ないで」
「それはいやや」
少女は、眉根を寄せて総一郎をにらんだ。総一郎はかまうことなく、ほのかの隣に腰を下ろした。胡座をかいて、地面に弁当を広げる。
少女は興味をなくしたように、総一郎から顔をそむけた。逆に総一郎は、少女の短いスカートが風にめくられて下着が見えそうになっているのに、目を奪われる。見えそうで見えないのが、じれったかった。髪の毛同様、本人は気にしていない。
カップルが寄りつかなくなったのは、他ならぬこの少女、愛須ほのかが原因だった。
いつも一人で校内をウロウロと歩いており、話しかけても無視されるか、すげない返事が返ってくるだけ。授業中に突然立ち上がって窓から外に出ようとしたり、休み中はグラウンドの隅の草むらでうずくまっていたりと、奇行が目立つ。緩くウェーブした髪が背中をおおい、長い前髪からのぞく青い目が気味が悪い。クラス内ではそう言われて、浮いている。
昼休みには必ずこの屋上で昼食を取っているので、噂を聞いた他のクラスの人間も、寄りつかなくなってしまったのだ。
一年の時から噂しか聞いたことのなかった総一郎は、二年で同じクラスになって、初めてほのかの姿を見た。
なんや。フツーにかわええやん。
総一郎には、奇行の数々も他人に直接迷惑をかけるものではないと思えたし、母親が日本人ではないが故の青い目は宝石のように見えた。外見に無頓着なせいで、髪の毛は常にボサボサだし、制服は皺がよっていたりしたが、不潔な感じがしないのは、元がとびきりかわいいからだ。
総一郎はそう主張したが、クラスの人間は誰一人としてその考えをわかってくれなかった。それから総一郎は、クラス内で唯一、ほのかとコミュニケーションを取ろうとする人間になった。そのころには他に話しかけようとする生徒はいなくなっていたし、教師たちも見て見ぬふりをしていた。
「なあ、その長い髪、切らへんの?」
初めて話しかけたときのほのかの表情を、総一郎は今でも鮮明に思い出すことができる。窓の外を眺めてぼーっとしているところをわざとねらったのだ。
驚きに肩をびくつかせて、目を丸くしていた。自分の驚きようが恥ずかしくなったのか、頬を赤くしてぶっきらぼうに「別に」と答える様子は、どんな女の子よりかわいいと思った。
作品名:Higher and Higher (前) 作家名:春田一