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Higher and Higher (前)

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 ほのかの手には、購買のパンが握られている。中に生クリームが入っていてチョコレートでコーティングされた、見るからに甘そうな菓子パンだ。女の子らしいなぁ、と総一郎は頬をほころばせる。
 自分の弁当箱を空けると、白米がしき詰められた中心に梅干しが埋まっていた。おかずが見あたらない。がっかりしながら、箸をつけた。
「三年生って、十五日から休みやんか。俺の姉ちゃん三年やから、今ずっと家にいるんやけど、一人暮らしの練習にって俺の弁当作るって言いだしたんよ。そしたら、三日目でもう、これやで? あいつが一人暮らし始めたら、一ヶ月で餓死するわ。アイスちゃんもそう思わへん?」
 返事はない。ほのかは総一郎など存在しないかのように、前を向いて菓子パンを咀嚼している。フェンスの向こうには、灰色の雲でおおわれた空の下に、グラウンドと学校周辺の町並みが広がっていた。
 同じクラスになって一年が経とうとしているが、ほのかが総一郎に心を開く気配はない。毎日欠かさず挨拶しているが、すべて無視されるし、話しかけても聞いているのかいないのか。それでも、さきほどのように、ほんのたまに反応してくれるのがうれしくて、総一郎はほのかをかまいたがった。
 どうしてそこまでほのかに執着するのか、とクラスの人間が不思議がっているのは知っているが、総一郎は教えてやるつもりはなかった。だって、教えてしまったら、他のやつがほのかのことを好きになるかもしれない。一度は教えてやったのだ。それでわからなかったのなら、知る権利はない。
 総一郎はひるむことなく、また話し出す。
「そのくせ、引退してるのに部活には顔出してるんよ。ホント、迷惑な先輩やわ~」
 息継ぎの合間に米をかきこんで、飲み込みきらないうちにまた口を開く。
「昨日の帰りは、その姉ちゃんと恵介と一緒にコンビニに寄ったんよ。恵介って、三組の丸山恵介な。知っとる? んで、肉まん食べたんやけど、恵介のやつ、姉ちゃんには奢るくせに、俺には奢ってくれへんの。ケチやよなぁ。女なら誰でもいいんかっちゅー話や。デレデレしよって……。あっそういや、春休みに軽音部のライブがあってな。アイスちゃんにぜひ来てもらいたいんや。俺は『スライプ』っちゅーグループの、ベースとボーカルやってんの。リーダーなんやで。日にちは、えーと……いつだっけ」
 また弁当箱に口をつけてかきこむと、総一郎はもぐもぐしながら、自分の尻ポケットの中を探った。しわしわにになったチケットを取り出す。
「ああ、三月の十五日や。そうやった。俺のグループは四時からね。よかったら観に来てや」
 ずいっとチケットを差し出すが、ほのかが手を伸ばしてくる様子はない。指についたクリームを舐めとっていた。
 このくらいは想定内だ。総一郎は笑顔を崩すことなく、チケットを地面に置く。風で飛ばないように、あらかじめ持ってきていた拳くらいの大きさの石を重石にした。
「ここに置いとくな。いらんかったら、そのままにしておいてくれてええから」
 そう言うと、総一郎は一気に残りの白米をかきこんだ。あいかわらず、ほのかは無表情だ。地面のチケットに目をくれることもない。
 総一郎はほとんど噛まずに飲み込むと、手早く弁当箱を片づけて、立ち上がった。ちょうど予鈴がなる。
「じゃあ俺、先に教室戻るわ。アイスちゃんも、サボらずにちゃんと来るんやで」
 最後の方がガラにもなく説教のようになってしまったのは、やはり緊張していたからだろう。声音だけは明るく、早口に言い終えた。そのまま、ほのかの顔をまともに見ることができないまま、屋上を後にする。
 屋上から出るときにチラリと振り返ったが、そこからではタンクが邪魔で、ほのかの姿を確認することはできなかった。
「わ、渡してもーた……」
 早鐘を打つ心臓を押さえながら教室に戻る途中、廊下で浦部に会った。いつにも増して、目つきが悪い。機嫌が悪いらしい。
 野球部の昼練習を終えて購買に寄ってきたらしい浦部の手には、ほのかが食べていたのと同じ菓子パンが握られていた。
「なーなー、慎吾。それ、うまいんか? うまいんか?」
「ああ? 知らねえよ。今から食うんだよ」
「一口くれへん?」
「死んでもいやだ」
「えー。いけず~」
「なんだよ、おまえ。なんかキモいぞ」
 浦部に頬をひきつらせてさげすんだ目を向けられても、総一郎はまったく気にしなかった。そのくらい、浮き足立っていた。

作品名:Higher and Higher (前) 作家名:春田一