小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

Higher and Higher (前)

INDEX|3ページ/11ページ|

次のページ前のページ
 


 暖房のきいていない廊下は寒く、室内だというのに吐く息は白かった。寒さに我に返ったのか、総一郎は「さむっ!」と叫んでコートの前をかき合わせた。千里と恵介も、それぞれマフラーや手袋を装着する。
 下駄箱のある昇降口まで、三人で並んで歩いた。なぜか総一郎が真ん中で、恵介と千里がその脇を歩く。恵介は千里の隣を歩けないのを残念に思ったが、わざわざ総一郎に代わってもらうのもあやしいだろうから、諦める。なにも感じずに千里と連れ立って歩いていた、ついこの間までの自分が恨めしかった。
「前から気になってたんすけど」
「え? なになに?」
 この年子の姉弟とそろって歩くというのもめずらしいので、恵介は前から気になっていたことを訊いてみることにした。というか、いつもはうるさいぐらいに話す総一郎が黙り込んでいるので、間がもたないのだ。それは千里も感じていたようで、恵介の話に食いついてきた。
「祝とチリ先輩って、なんで祝だけ関西弁なんですか?」
 千里と総一郎の苗字は、祝という。なんともめでたい苗字だ。
 祝一家は、六年前に大阪から家族で越してきたらしい。玉水高校から徒歩二十分くらいのところに家があり、その近さから二人ともこの学校に入学を決めたそうだ。電車とバスを乗り継いで、毎日一時間以上かけて通っている恵介には、うらやましいかぎりだ。
「なに言っとんねん。姉ちゃんだって、家ではガッチガチの関西弁やで」
 黙って聞いていられなくなったのか、総一郎がそう反論した。
「え、そうなの?」
 それは、ちょっと聞いてみたい。恵介の考えがわかったのか、つかさず千里が横から総一郎のわき腹を抓む。
「私は直したの! 外でそんなしゃべり方してたら、目立ってしょうがないじゃないの」
「そんなことあらへんやろ。あっちでは、みんなこんなしゃべり方やん」
「こっちでは、そんな人滅多にいないわよ。あんたは、関西弁がかっこいいと勘違いしてんだから」
「はあ? なんや、それじゃあ、関西弁がかっこ悪い言うんか。自分も家では使ってるくせして!」
 ケンカになりそうになったとき、昇降口に到着した。恵介はほっと胸をなで下ろした。千里は肩を怒らせながら、三年の下駄箱の方へと向かって行く。
 総一郎はそれをにらみつけながら、「ふん」と鼻を鳴らした。恵介と共に二年の下駄箱に手をかけながら、わざとらしくため息をついてみせる。
「おまえら姉弟、ホント仲いいよな」
「冗談言わんといて」
 下駄箱から靴を取り出して、足元に転がす。はきかえていると、なにか思い出したように、総一郎が「あ!」と小さく声を上げた。
「どうしたんだよ」
「あのアホ姉ちゃんのおかげで忘れるところやったわ」
「だから、なんだよ」
「あんな、恵介。タカちゃんが、軽音部やめる言い出したらしいんやわ」
「高千穂が?」
 踏んでしまったハイカットのスニーカーの踵をなおしながら、名前を反芻した。
 高千穂優。総一郎と同じ軽音部に所属してる。よく恵介や総一郎たちとつるんでいる仲間の一人だ。
「どうして、また。そんな急に」
「それがなぁ……」
 総一郎が話し始めようとしたとき、千里が出口付近から「まだー?」と声をかけてきた。
「今行くから待っとれ、せっかちババア!」
「誰がババアや!」
 総一郎が言い返すと、つい素が出たのだろう。いつもとは違うイントネーションの言葉が返ってきた。すぐに「あっ」と慌てて口を押さえるのがわかる。
 恵介は自分が知らない千里の一面を見た気がして、少し嬉しくなる。
「それで、なんで辞めようとしてるわけ?」
「まあ、それは後で話すわ。肉まんでもゆっくり食べながら」
「お前のぶんはおごらないからな」
「えっ、俺たち姉弟におごるって約束やろ?」
「アホ。チリ先輩だけだ!」

作品名:Higher and Higher (前) 作家名:春田一