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Higher and Higher (前)

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 恋をすると、世界が薔薇色に見えるらしい。恵介は、どこかピンクがかった気のする視界で、最初からピンクだったシャーペンの動きをながめていた。
「おー。やっぱり、ここにおったか。明かりが点いてるから、もしかしてと思ったんや」
 総一郎が保健室に入ってきたのは、ちょうど千里が問題の説明を終えたところだった。おかげで、「今度こそわかったわね。じゃあ、この問題を解いてみなさい」とはならなかった。
「わかりました。チリ先輩、ありがとうごさいました」 
 恵介がそう言えば、千里は「ああ、そう?」と言ってシャーペンを自分の筆箱の中にしまった。
「帰ったら、ちゃんと復習しなさいよ」
「はい」
「恵介、姉ちゃんに勉強教えてもらってたんか?」
「ああ。生物」
 広げていた問題集の表紙を見せると、総一郎は「姉ちゃん、俺には教えてくれへんくせに」と唇をとがらせた。
 恵介はその言葉にドキリとした。しかし、「もしかして、俺だから教えてくれたのか?」というあわい期待は、すぐに打ち砕かれた。
「だって、丸山が帰りに肉まんおごってくれるっていうんだもん」
 そういえば、最初にそんなことを言った。恵介は思い出して、ガクリとうなだれた。
 来週には期末試試験が始めるため、明日から部活がテスト休みに入る。今日初めてテスト範囲を確認した恵介は、生物の範囲が二年生でやったところ全てだと知って、大いに
あわてた。ただでさえ苦手な生物を、たった一週間で教科書一冊分を頭にたたき込まなくてはいけないのだ。
 休み前最後の部活で、恵介がなげいていると、先輩の千里が「じゃあ、私が教えてあげる」と名乗り出ててくれたのだ。
 千里は秋に大学への推薦入学が決まっており、卒業間近の三年生だというのに、吹奏楽部の練習に顔を出していた。恵介は千里と同じコントラバスをやっているので、先輩後輩で繋がりが強い。
 恵介にコントラバスの弾き方を教えたのは、他でもない千里だった。「姿勢が悪い!」「弓の持ち方が違う!」と、それこそ手取り足取り教えてもらいはしたが、男勝りで怒ると怖い先輩に、恋心を抱く日が来るとは思わなかった。恵介は自分の小指をこすりながら、財布の中の残りを思い出そうとする。
「ていうか、なんで保健室なんかでやっとるん? 教室でやればええのに」
「二棟と三棟の方は、もう暖房が切られてるんだよ」
 恵介たちが通う玉水高校は、一棟に保健室や職員室などの特別教室が集まっており、教室は二棟と三棟に分かれている。部活動の活動が冬場は五時までと定められているので、五時を過ぎると職員室の管理コンピューターによって、電気もろとも消されてしまうのだ。
 なので、恵介と千里は部活が終わった後、まだ明かりの消されていない保健室を借りていた。ちなみに、一棟ではまだすべての部屋で石油ストーブが使われていた。三年前に改装工事されたばかりの二棟と三棟には、全教室にエアコンが取り付けられている。
 恵介の説明に、総一郎は「ああ、なるほど」と納得した。そして、恵介と千里が座るテーブルから離れて、カーテンが引かれたベッドに足を向ける。
「ちょっと、今から寝るつもり?」
「ちゃうちゃう」
 いぶかし気な目を向ける姉にヒラヒラと手をふって、総一郎はカーテンを開けた。ベッドには誰も寝ていない。四つあるベッドすべてを確認して、総一郎は「あれ?」と首をひねった。
「タカちゃん、おらんの?」
「いないよ」
「うっそ、ここで寝てると思ったのに。今日はいっしょじゃないんか? 恵介、いつもタカちゃんと帰っとるやろ」
「今日は用事があるんだとさ」
「用事ね。ふーん…」
 総一郎は、腕組みをしてなにか考え始める。千里と恵介はそれを尻目に、帰り支度を始める。もうとっくに七時を回っていた。早く校舎を出ないと、見回りの先生に怒られてしまう。
 二人が学生カバンを肩にかけると、保健室のドアが開いた。入ってきたのは、保険医の向井だった。茶色く染めた髪を巻いて、白衣のポケットに両手を突っ込んでいる。いつ見ても、教師とは思えないかっこうをしている。本人いわく、「教師じゃなくて、保健医だからいいの」らしい。
「君ら、まだいたの。もうここも閉めるぞー」
「はーい」 
 千里と恵介は言われたとおり、腕を組んだままうなっている総一郎を引きずって、保健室を出た。

作品名:Higher and Higher (前) 作家名:春田一