本当にあったゾッとする話7 -海から来た黒い男たち-
私が大学に入った年、従って私がまだ18歳のときの話だ。
大学の夏休みに、私は大学のサークル仲間と、総勢9名で初めて八重山を訪れていた。
往路は船を利用した。当時の晴海埠頭からフェリーに乗り、2泊3日で沖縄本島の那覇港に到着する。当時の8月下旬の沖縄は、既にシーズンオフでフェリーは閑散としていた。
フェリーに乗り込んだとき、船内の煙草の自動販売機で、沖縄でしか売っていない「紫」や「ハイトーン」といった煙草を見つけ、もうこの船の中は沖縄なんだと思った。
那覇港からさらに別の船に乗り換え、八重山諸島の玄関口、石垣島の石垣港までは1泊2日かかった。
東京から八重山まで、合計3泊4日の船旅だった。
9名のグループから4名と5名の二つのグループに分かれて、一緒に行動したり分かれたりしながら、西表島をメインに、2週間ほどを八重山で過ごした。
途中で資金が乏しくなり、家屋の解体を手伝ってなにがしかの小遣いをもらったり、私を含めて喫っていたタバコを「セブンスター」から安い沖縄たばこの「ハイトーン」に落とし、さらにもっと安い「紫」に落としたりして、金を節約した。昼食はインスタントラーメンが多かった。時間はあっても金が無い学生の旅行とは、そんなものだった。
それでも、初めて訪れた八重山は、東京とは違って時間がゆったりと流れ、心の外殻が溶け出して剥き身の『こころ』が太陽に照らされ、風に晒される、そんなところだった。
八重山の旅も終わりに近づいた頃、私たちは総勢9名で、石垣島の川平湾沖でフローティングを行った。
川平湾は今でこそ有数の景勝地・観光地になったが、36年前の当時は、訪れる人もまばらな熱帯のリアス式海岸に過ぎなかった。
フローティングとは、海の沖合に10畳ほどの大きさのフロート=浮きを浮かべて、船でそこまで連れて行ってもらい、フロートをベースに泳いだり潜ったりする遊びのことだ。
私たちはカセットデッキと飲み物と弁当とスナック菓子を抱え、朝のうちに漁船でフロートまで送ってもらった。
夕方、同じ船が迎えに来るまで、1日中フロートを借り切って遊ぶことになっていた。
泳いだり潜ったり、昼になったら弁当を食べて、また熱帯魚を見たり、みんなでいろいろな写真を撮ったり、スナック菓子を食べたりして、どんどん時間が経っていった。
やがて昼下がり、みんな泳ぎ疲れて、フロートの上に寝そべってカセットデッキで音楽を聞きながら、とりとめもなくしゃべっていたときだった。
フロートの一方の端に水飛沫が上がったかと思うと、突然何かが勢いよくフロートに上り込んで来た。
それは、黒いウェットスーツを着た男だった。
その男に続いて、何人もの男たちが水飛沫とともにフロートに上り込んで来た。
総勢5~6人いただろうか。男たちは全員黒っぽいウェットスーツを着込み、タンクを背負っていた。
私たちは一瞬驚いたが、すぐに自分たちが金を払って借りているフロートに勝手に上がりこまれ、少々むっとした。
仲間の一人が話しかけたが、男たちは誰も何も答えない。
それどころか、男たちは自分の仲間とも一切会話をせず、ひたすら無言のままフロート上で休んでいる。
休憩していると言うのに、マスクすらはずさない男もいた。
私たちは薄気味悪くなって、固まったまま黙って男たちを見つめていた。
やがて男たちは、誰が言い出すでもなく、再び海に入り、泳いで去って行った。
方向を見失っていたので、石垣島に向かったのか、さらに沖に向かったのかは、わからなかった。
後に残されたのは、男たちの中の誰かが拾ったと思われる、小さな巻貝の貝殻だけだった。
作品名:本当にあったゾッとする話7 -海から来た黒い男たち- 作家名:sirius2014