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箱舟(RDG 未来捏造)

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この先、ずっと姫の側に侍ることができるのかと、内心うれしく思っていたが、彼女と会う機会は少なく、バルカはがっかりした。
おまけに、次の新月の翌日からは、宮殿内にあるアカデメイアと呼ばれる学問所に通うこととなったのだ。
「勘弁してくれよ。」
学問所など貴族の子弟や官僚を目指す裕福な商人の子らしか通わない。そこへ一介の奴隷が放り込まれるのだ。
先々のことが思いやられて、バルカは、眉間シワを寄せて呟いた。

バルカは、宮殿の窓に腰掛け夜風に吹かれていた。
小高い丘にあるこの宮は風の通りがよい。
窓に付いた木の窓は、透かし彫りで美しく、可愛らしい草花や小鳥があしらわれていた。

「浮かない顔だな」
頭から降ってきた言葉に驚いて顔を上げると、姫がいた。
そして、後方に2人の侍女が控えている。

(…気配がしなかった。衣擦れの音も。やはりこの方は人ではないのだろうか…)
バルカは少し緊張して受け答えた。

「浮かない顔をしていましたか?僕のような身分の者が、宮殿に住まい、学問所まで通わせていただけるというのに、バチが当たりますね。もし、浮かない顔をしていたのだとしたら、それは、慣れない場所に戸惑っているだけです。我ながら情けないな。」
気が張り詰めて少し早口になっていたかもしれないなどと、妙な心配をしてしまう。

その様子に姫神は少し表情を和らげ、ふふっと柔らかい声をもらした。
「そなたの齢はまだ14、15だろう?」
「…14になります。…何かおかしいですか?」
「いや。…うん。そうだな、おかしな奴だな。」
バルカは、少し気恥ずかしくなり、顔を背けて言った。
「こんな夜ふけにどちらへ?」
「ああ。今宵は、月が満ちている。王がわらわの元に参るのでな。神殿にこもらねばならぬ。」

「…は。これは、不粋なことをお聞きしました…お赦しを…」

正直、狼狽した。やっとの思いで絞り出した言葉を姫神は気にも留めない様子でしずしずと宮殿の奥に続く神殿へと向った。

(まいった。あの人があまりに少女然としているので、実感がなかった…)
しかし、この国の王は、はるか昔から女神を自分の宮殿に納めている。最高位の神官でもある王は、その女神と交わることで力を得ているそうだ。
そんな話は、幼い子供でも知っていることだった。

(くっそ、なんだよ…これ。)
思考がまとまらない。胸がチリチリと痛んだ。初めての感じているこの痛みが、何であるかは、見当はつくのに、認められない。
バルカは強く拳を握りしめて、しばらくそこから動かなかった。

どれくらいそうしていたのだろう。サラサラと音が聞こえて来た。それが、衣の擦れる音だと気づくと、次には人影が見えた。
姫だった。
(なんだ、きちんと気配があるじゃないか。)
さっきは、城下の景色に夢中になっていただけかもしれない。
そして、姫の方もこちらに気づき、足を止めた。
見送った時と同じく、何を考えているか掴めない表情。
しかし、バルカの顔を見た途端に、大きく目を見開いたかと思ったら、いっぱいの涙が溜まって、ポロポロとこぼれ落ちる。
砂の城がくしゃりと崩れるかのようだ。

「どうして、いるの?」

その様子に、バルカも驚いたが、次にはくってかかっていた。
「泣くほど嫌なのですか?!それなら、やめればいい。なんで、あんなじいさんと…!」

姫は面食らったようだった。
「王をじいさん呼ばわりだなんて…」
そう呟いた後には、笑っていた。
「…すまなかった。まさか、そなたが居るとは思わなかったから、取り乱してしまった。」
「…連れて逃げろと言ってくれれば、俺はいつでもそうします…。」
「…嫌、それはできない。この国が、この世界が四度、乱れる。」
「あなた、一人いなくなって、何が変わると言うのです?」
姫はその質問には答えず、ただ微笑んで、自らの寝所へと行ってしまった。
その日は、眠れなかった。