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箱舟(RDG 未来捏造)

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ザバ…
水が豊富とは言えないこの国で、
水浴びをすること自体が彼女の存在が特別であることを示している。
どうやら彼女は、沐浴を終え、自分に傅く男達の前に立ったようだ。

バルカは、自分を飼っている主人の隣で、頭を地面にすりつけながら、彼女の気配に、顔を少しだけ横に向け、悟られないように、これでもかと目を右に寄せてチラリと盗み見た。

白い夜着は水に濡れ、下の肌が透けて露わだ。
小さな体が、水に濡れていよいよ頼りない様子で、それでいて、月明かりに照らされた姿は、輪郭が青白く光り、凛とした印象でもある。

盗み見た彼女は、まさに女神だった。

そして、黒く潤んだ大きな瞳は、あまりに美しく、しかし、どこまでも虚ろで、悠久の時を見ている。
(…あぁ、あの目は覗き込んでは決していけない。)

彼女の瞳は、月明かりを写した井戸のようだ。
その美しき月を手に入れたいと身を乗り出しては決していけない。
神である彼女に人である自分が手を伸ばしてはいけない。


「…イシス。隣の者は何者ぞ」

バルカの背中が粟立った。

不意打ちだったのだ。彼女の存在感に圧倒されて、意識が遠退いていた。


「は。これは、私の家に仕える者で、バルカと申します。姫神様の御前に上がれる身分ではありませんが、見目良く、頭の方もなかなか優秀でして…お気にめすようでしたら、献上いたそうと連れて参りました。」

イシスは、一言ずつ注意深く言葉を選び、答えた。
それが彼のやり方だ。常に、相手に最も効果的な話し方を探し、探し出す。

姫神と呼ばれた彼女は、沈黙している。
バルカは、冷汗が額から伝うのを感じた。
(イシスと王宮に向かった時点で、王族か貴族かの変態ジジイに引き渡されるのだとは思っていたが、この状況は予測できなかったな。)

「…バルカ。面を上げよ。」

沈黙が破られた。
鈴のように高く響く声は、可憐だ。それにも関わらず、憂いを秘めた声は、主人の年齢を悟らせない。

イシスに急かされ、バルカはそろりと顔を上げた。

姫神の瞳が揺れた。
虚ろな瞳に光が走る。
困ったように眉毛が下がる…。

(え…?)
バルカは、その神がかりな女性に気の弱い少女の面影を見て、目が離せなくなってしまった。
心臓が高鳴る。

動揺を隠せない女神にイシスは言った。
「どうでしょう。姫神様。バルカはあなた様と同じ黒髪に黒い瞳。肌の色は焼けてしまいましたが、元はあなた様と同じく、陶器のような色でしたよ。」

「…あぁ、確かに珍しい毛色の猫よな。…バルカとやら、わらわの所に来るか?」

次の言葉を発した時には、もはや彼女に動揺は、なかった。猫と言われたことには若干の苛立ちを覚えたものの、長年、蔑まれてきたのだ。「猫」と例えられることなど、蚊に刺されたくらいの他愛のなさだ。
それよりもバルカは、さっきの姿をもう一度見たいと思った。

「…はい、今日よりあなた様の元へ」
気がついたらバルカはそう答えていた。心臓の音はまだ治まらない。