ACT ARME 7 キレイゴト
と、荒々しい口調で一方的にまくしたて、そのまま背を向けてすたすたと歩き始めた。昨日やられた傷などまるで最初から存在しないかのように。
「うん!」
その姿にレックも応え、彼もまた力強く歩きだした。
それからの日々は、その過酷さを増した。
金がなくなってしまったため、町についても食料を買うことができなくなった。
だから二人は、時に襲い掛かってくる野党を返り討ちにしてはその身を剥いで金と食糧を手に入れた。それでも足りない時は野に咲く植物を食べて飢えをしのいだ。
野党の身ぐるみを剥ぐことに関しては、レックはとても難色を示した。いくら生きるためとはいえ、他人から物を奪うということは強盗と同じ、自分たちに襲いかかってきた野党と何ら変わりはないのだ。
その胸の内をハンスに話すと、呆れた声で返された。
「お前なあ。さすがにその考えはどうかと思うぞ。そんな綺麗事だけで生き抜くことなんてできないだろうが。」
「でも・・・」
なおも思い悩むレックの肩を、ハンスはがっちりつかんで大きく揺さぶった。
「しっかりしろ!オレたちは、家に帰るんだろうが!そんなことで目的を見失うな!」
「わ、わわわわかったよ!わかったからやめてぇ!」
レックは悲鳴を上げて懇願する。
「ぅう・・・気分悪い。」
ようやく解放されたレックは即座に突っ伏す。そんなレックをハンスは腰に手を当て見下ろしていた。
「お前のお人好しぶりは嫌というほど知ってはいたが、まさか野党にまで気にかけるとは思わなかったぞ。」
そう言いながら、ため息をつく。
「だってさ、ボクらを襲ってきたあの野党たちも、もしかするとボクらみたいになにか仕方の無い事情があるのかもしれないじゃないか。そう思ったらなんだか、申し訳なくって。」
「いい加減にしろ。今度はゲロ吐くまで肩揺さぶるぞ。野党共にどんな理由があれ、人襲ってものかっぱらってる時点で普通に犯罪だ。そんな奴らに一々情けかける奴なんているか?そもそも、オレらは襲ってきた奴らだけを返り討ちにして身ぐるみ剥いでるんだろうが。気に止む必要性なんて毛一本分もないぞ。」
「うん、そうだよね。そうなん・・・だよね。」
それでもレックは記憶に蘇るのだ。各々武器を手に持ち襲いかかってくる野党。それを返り討ちにし、逆に身ぐるみをはぐ自分達。勿論、生半可なダメージでは反撃を喰らう恐れもあるため、やるからにはかなり痛めつけなければならない。
その時に野党共が浮かべる苦悶の表情。歯が削れて無くならんばかかりに歯ぎしりをした野党もいた。そういった光景を何度も目の当たりにするうちに浮かんできた悩み。
もちろん、頭の中ではハンスの言うことが最もであることは分かっている。わかって・・・いるのだが・・・。
それでも・・・どうしても。
「今あの人たちはボク達に対してどういった感情を抱いているんだろうかと思って。多分、あの時ボクたちから全部奪っていった野党たちと同じような気持ちになっていたんだろうなと思うと。」
頭で理解することはできても、感情が納得してくれない。
そんなレックを見て、ハンスはもう一度大きなため息をついた。
「だったら、それこそ一刻でも早く家に帰れるよう努めるべきだろ?家に帰れれば、そんな思いもする必要がなくなる。いいか、家に帰れば全部終わるんだよ。」
ハンスの繰り返しの叱咤に、レックもようやく迷いを振り切った。
「うん、わかった。ごめんね。悩んでばっかりで足引っ張ってしまって。」
レックの謝罪にも、ハンスは別段気にする様子はなかった。
「お前の悩みグセは今に始まったことじゃないだろ。行くぞ。」
「うん!」
そうして、二人は様々な困難や葛藤と戦いながらそれでもなお歩みを止めず進み続けた。
いつしか二人にとって、家に帰るということは目標ではなく、二人を支え動かす原動力となっていた。
それから何日たったかわからなくなった頃、二人はある町に辿りついた。
その街には二人とも見おぼえがあった。小さいころ、親に連れられて遊びに行った町。そこまで大きな町ではないが、シンプリティで育った二人にとっては大都市にも見えた町だ。
「・・・・ハンス!」
「レック!」
これでやっと家に帰りつくことができる・・・!
「ぃいやったああああああああ!!!」
二人は喜びを爆発させ、抱き合いながら喜んだ。
しかし数分後、それまでの努力とその歓喜がすべて無に帰すことを、二人ままだ知らなかった。
「・・・オイ。どういうことだよ、それ。」
ハンスの声が震える。
「嘘・・・ですよね?」
レックもまた、震えた声で聞き返した。
だが、現実は非情だった。治安支所の係員は、静かに、しかしきっぱりと言い切った。
「いや、残念だがシンプリティはもう存在しない。あの町は4ヶ月ほど前に『国力低下抑止及び国家繁栄基本法』により、国から破棄された。今どうなっているかはわからないが、少なくともまともな生活は送っている者はいない。今は、そのほとんどが野党の根城になっているはずだ。」
あまりにも素っ気なく放たれた言葉の前に二人は、まるで死刑宣告を受けた被告のような面持ちで沈黙することしかできなかった。
「・・・教えてくれ。」
ハンスが、絞り出すように声を出した。
「シンプリティの詳しい場所を教えてくれ!」
そのまま思いが吹き出し、バン!!と机の上に乗っているものが倒れそうなほど強く叩くと、係員に詰め寄った。
その必死な様子に、係員は訝しげな様子を見せる。
「君はなんでそんな終わった街にこだわろうとするんだい?なにか事情が?」
「うるせぇ!!いいから教えろ!!!」
勢いそのまま、胸ぐらを締め上げるハンスを、そこでようやく我に返ったレックが慌てて引き止める。
「ちょ、ちょっとハンス落ち着いて!すみません!」
ハンスを羽交い絞めにしてなんとか動きを止めているレックを見て、係員はそれから何も言及せず、シンプリティが存在していた場所の詳しい道のりを教えてくれた。
それを聞くや否や礼も何もなくハンスは飛び出していった。レックも、係員に一礼したあと慌ててあとを追った。
教えられた場所までは、徒歩で行くには結構時間のかかる場所であり、ましてや全力疾走で走りきれる距離ではなかった。しかし、二人共脇目もふらず、一度の休憩も挟むこともなく、ただ一目散に走り抜けていった。
どうか、どうか、先ほど聞かされた話が何かの間違いで、町に戻ればいつも通りの故郷があり、歩き慣れた道を帰ればそこに自分の家があって、その中では両親が夕飯を作って待ってくれている。そんな極ありふれた光景が待っていますように。お願い、お願いだから・・・。
二人は願い、祈った。心の奥底深くから。
しかし、それでも現実は容赦なく二人を打ちのめした。
見覚えのある町への入口。塀の向こうに見える町並み。一見するとあの頃のまま、何も変わっていないように見える。
だが、いつも必ず横に立っているはずの、どうせこんな辺鄙な場所に不審者なんて来ないだろうと愚痴っていた見張り役がいない。入口を仕切っている門は、半開きの状態だ。
作品名:ACT ARME 7 キレイゴト 作家名:平内 丈