ACT ARME 7 キレイゴト
気絶していたハンスが目を覚ます。
まだぼやけている視界に、レックの後ろ姿が見える。その向こうには、倒れて動かなくなった獣の姿が。
ハッとして目を見開く、はっきりした視界に映っていたのは、やはり倒れ、動かなくなった獣。その眉間には、真っ黒に焼き焦げた跡がある。
その手前に立っているレックが手にしている棍の先端に、赤い炎が灯っていた。
「レック。お前・・・」
呟くように親友の名を呼ぶと、後ろ姿がゆっくりとこちらを振り向いた。
「ハンス、無事だったんだね。よかった・・・」
レックは心の底から安堵した。と、同時に気が抜け、炎が消えると同時にばったりと倒れこんだ。
「おい、レック!?しっかりしろ!」
ハンスがいくら呼びかけても返事が返ってくることはなかったが、その顔はとても嬉しそうだった。
その後、二人は病院に運ばれ、獣を倒したことを少し讃えられ、あまりにも無謀といわざるを得ない無茶をしたことをこれでもかというほど叱られた。
二人の体が回復した後、レックはもう少し精密な検査を受けることにした。
その結果、レックはアトリビューターの素質があること、そしてあの時灯った炎は、窮地に陥った極限の状況で突発的にその力が具現したことが判明した。
この報せは瞬く間に町中を飛び回り、結構大きな話題になった。というのも、ここシンプリティでアトリビューターが誕生したのは、レックが初めてだったからである。
さらに驚きの情報が出回った。レックがアトリビューターであることを知ったハンスが、負けん気に駆られ半ば強引に検査をお願いしたところ、なんとハンスまでもが適正ありという検査結果が出たのだ。
その結果にハンスは一生に二度はないほどの喜びの声をあげ、かくして二人は、その資質を開花させるべく、今までより一層稽古に励んだ。
やがてハンスが水使いに目覚め、冷気を操れるようになり、レックも安定して意識的に炎を灯せるようになった。
いつしか二人は、町の中ではもはや誰も敵うことなどできないほど強くなっていた。
ある日、レックはハンスに呼び出され、裏山近くの原っぱに来ていた。
レックが到着した時には、すでにハンスが待っていた。
「どうしたのさ?急に改まって呼び出したりして。」
レックが近寄りそんな質問をしたが、ハンスは依然黙ったまま、まっすぐ横を向いていた。
「ハンス・・・?」
もう一度呼びかけてみる。今度は返事が返ってきた。
「なあレック。オレと勝負しないか?」
突然そう切り出され、ポカンとするレック。
「いきなりどうしたのさ?そもそも、勝負ならいつも稽古でやっているじゃないか。」
現状二人と実力のつりあうものがいないため、専ら勝負稽古のときは、二人で勝負することがほとんどなのだ。
だが、ハンスは首を左右に振った。
「あれは、試合としての勝負だろ。オレが言っているのは、正真正銘、本当の真剣勝負だ。」
その目は、まさに真剣そのものだった。
「ハンス・・・?」
「オレは、いつかこの町をでるつもりだ。」
「え!?ど、どうして?」
突然の告白に驚くレック。だが、ハンスは落ち着いたまま真剣に話を続ける。
「前に、師範からなぜ力をつけようとするのかと聞かれて、オレもお前も人を守りたいからと言ったよな。お前がそれをどのくらいの意味で言ったのかは知らないが、オレはこの国に生きるすべての人を守れるほど強くなりたい。」
「それって、つまり国王になりたいってこと?」
「そこまではわからねえよ。でも、今のままじゃだめだということはわかる。外に出て、もっと世界を知って、その上で強くならないと、そんなのは夢の話になる。だから、今は外に出るための力を身につけないといけない。オレにその力をつけさせることができるのは、この町ではレック、お前だけだ。」
ハンスはそこまでは静かに、しかしはっきりと語った後、改めてレックに向き直り、武器を構えた。
「だからオレと戦え。レック。」
親友の、心からの決意を聞いたレックは、しばらく呆けたように立ちすくんでいた。だが、ゆっくり目を瞑りゆっくり息を吸い込むと、本当に感心したようにつぶやいた。
「ハンスは本当に凄いなあ。そんな大きな夢を持っていただなんて。ボクなんて、人を守ると言ったらお父さんやお母さんや、ハンスとか、そういった身近な人しか思い浮かばなかったのに。
わかったよ。ハンスがそれを望むなら、ボクも全力で戦う。」
そして互いに武器を構える。
「ああ、容赦なんていらない。全力で、それこそ殺す気で来い。」
「いや、さすがにそこまでは無理なんだけど・・・。」
ハンスの言葉に、レックが引け腰になる。
「いや、真に受けるなよ。それぐらいの気合で来いってことだよ。」
自分の言葉を真正面から真に受けた親友を前に、呆れ顔を浮かべる。なんだか、緊張していたのが馬鹿らしくなってしまった。
ゆっくりと深呼吸し、全身に気合いを込めた。
「いくぞ!」
レックとハンスの実力は伯仲している。そんな二人が正真正銘の本気で闘えば、一進一退ぎりぎりのせめぎ合いになる。
緋と蒼が幾重にも折り重なり入り乱れ、ぶつかりあった後、蒸気となり白く消えた。
二人は激しくぶつかり合い、弾き飛ばされたあと、互いに全力を込めて一撃を放った。
「紅蓮鉤爪(レッドニードル)!!」
「碧氷穿牙(ヴェローナファング)!!」
一瞬だけあたり一面が真っ白になる。蒸気が晴れたあと立っていたのは、レックだった。
「ボクの、勝ちだね。」
レックは、倒れているハンスにヨタつきながら近づいた。
「隙有り。」
倒れていたハンスが、唐突に地面に槍を突き立てた。
「氷結爪(コンデセイション)」
足元が凍りつき、バランスを崩したレックに、ハンスが逃さず飛びかかり、上にのしかかった。
「オレの勝ちだな。」
レックの眼前に槍を突きつけたハンスが、勝利宣言した。
「ちょっと、ずるいじゃないか。」
解放されたレックが文句を言うが、ハンスは負けじと言い返した。
「何甘いこと言ってるんだよ。勝負においては、相手が完全に戦闘不能になるのを確認するまで決して油断をするな。これが師範の教えだっただろ。まだやられたと言っていないオレに勝ったつもりになって油断したお前が悪い。」
悪そうな顔でにやりと笑うハンスを見て、レックも言い返す気をなくす。
「わかったよ。勝ったと決まったわけじゃないのに油断したボクの負けです。」
「うむ。素直でよろしい。」
「似てないよ。その師範のものまね。」
沈む夕日の中、二人は互いに笑い合い、肩を貸し合いながら帰路へとついた。
・・・なぜだろう。いつもゆったりと寝転がれるベッドのはずなのに、今日はやけに狭く感じる。それに、いつもより少し固い気がする。
・・・なんだ?遠くから声が聞こえる。うるさいなあ、今寝てるのに、きっと朝はまだだ。だからもっとゆっくり寝かせて・・・。
「おい!起きろレック!!」
「うひゃあぁ!?」
耳元の怒号に、飛び起きるレック。だが、唐突にたたき起こされ、視界もまだはっきりしない中、あたりがまだ暗いことだけを確認し、再び眠りにつこうとする。
「おいバカ!また寝ようとするな!」
頭をはたかれた・・・。
作品名:ACT ARME 7 キレイゴト 作家名:平内 丈