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風のごとく駆け抜けて

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「え? これって久美ちゃん先輩……」
「この記録って永野先生より速いかな」
「久美子さん、これってどう言うことですか」

私達の矢継ぎ早の質問に、久美子先輩は珍しく笑いながらため息をつく。

「そう。私は元々バリバリのランナー……。だった。正直、佐中久美子と北原久美子はランナーとしては別人」
そこまで言って、久美子先輩は自分の記事が載った陸マガを手に取る。

「ここがまさに自分の陸上人生のピーク。この後、学校に取材が殺到。自分だけが注目されて面白くない部員も多い。結局自分は部活で孤立。イジメや嫌がらせもあった。耐えられなくなって学校ごと辞めた」

聞けばとんでもない話だが、それでも久美子先輩はなんだか懐かしそうに話をする。

「その後はバイト三昧でとにかくお金を稼いだ。母子家庭だったし。で、母親の再婚と共に苗字も変わり桂水市へ。それが2年前の8月。こっちに来て、また高校に通いたいと思い、一から勉強して桂水に入った。だから年齢は2つ上でも葵と同級生」

そこまで話して久美子先輩は一息つく。

「本当のことを言うとな。私は最初から知っていたんだ。北原のこと。大和と北原が陸上部を復活させようと職員室に何度も来ていた時に、別の先生から北原の事情を聞いてな。正直、あれは衝撃だった。でも、2人の顧問になった時に北原と話をしたら、大和には黙っていて欲しいと言われたから、いままで一切言わなかったがな」

「自分から話そうと思ってた。出来ればこの春休み中に。転校は本当に予想外。でも……」
そこまで言って久美子先輩は黙り、じっと葵先輩を見る。

「自分は色々と親に迷惑を掛けてるから、これ以上はわがままを言えない。ごめん葵。それに走ることに対して、燃え尽きているのも事実。もう自分が昔のように3000mを8分台で走れるとは思えない。ここ一年間のタイムは手を抜いたわけでもない。さっき言った佐中久美子と北原久美子は別人と言うのはそう言う理由」

「別に……久美子に3000mを8分台で走って欲しいなんて思ってないわよ。でも、一緒には走りたい。試合に出なくてもいい。お願いだから残ってよ。練習だけでも一緒に走ってよ」
そう訴える葵先輩の眼からは涙が流れていた。

「ごめん……。でも葵のおかげで、また走ることが好きになった。それはすごく感謝してる。まさか自分がもう一度、高体連の試合に出る日が来るとは思っていなかった」

「何を言ってるんですか久美子さん。許すとでも思ってます?」
厳しい口調で会話に割って入ったのは麻子だった。

「そもそもこの部を作ったのは、葵さんと久美子さんなんですよ。最後まで責任とってくださいよ。具体的に言うと、来年あたし達が都大路を走る時、京都まで駆けつけて、桂水高校の名前が入ったのぼりを一生懸命振って応援してもらいます。転校くらいで、うちの部を辞められるなんて思わないでくださいよ」
言いながら麻子は泣いていた。

駅伝の時もそうだったが、意外に麻子は涙もろいのかもしれない。

「そうね。それで手を打ってあげるわ。あと、たまには遊びに来てよ。これが一生の別れとかは嫌よ」
「わかった。行けたら、大会も応援する。あと、夏合宿の時は木陰でアイスを食べながら、みんなが走るのを見とく」
「それをやったら、うち本気で殴ると思う」
まだ眼には涙を溜めていたが、葵先輩が、くすっと笑った。

引っ越しや転入の手続きがあるため、久美子先輩が学校に来るのはこの日が最後となった。

先輩の送別会をやろうと言う話になったのだが、「まだ部員だって言ったのはそっち。同じ部員で送別会はいらない」と久美子先輩は笑いながら断ってしまった。

まさかの久美子先輩との別れ。
そんな大事件から10日後、私は2年生になった。