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風のごとく駆け抜けて

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さようならとありがとう


月日は進み、気が付けばあっと言う間に3月。
卒業生を送り出す季節だが、女子駅伝部は1、2年生しかいないため、卒業生自体はいない。

でも、別れはやって来た。

それは春休みも目前に迫った土曜日だった。

「くみちゃん先輩はまたお休みかぁ」
紗耶の言う通り、最近久美子先輩は部活を休みがちだ。
ここ1ヶ月で計10回くらい休んでいる。

「葵さん何か聞いてます?」
「いや、家庭の事情ってのは聞いてるけど、久美子もそれ以上教えてくらいなのよね。家庭のことに首を突っ込むわけにも行かないしね。まぁ、そんなに心配することでも無いんじゃない?」

麻子や葵先輩同様、私を含め、全員特にそのことを気にしていなかった。

その日、永野先生から部活終了後に生物・化学準備室へ集まるように言われる。

「いったい、何の用事かな」
「永野先生のことだし、教材を運べとか。掃除を手伝ってくれとかじゃない?」
私は笑いながら晴美に答え、生物・化学準備室の引き戸を引く。

そこには、永野先生と久美子先輩がいた。

「久美子? どうしてここに?」
葵先輩が驚いた声を出す。
麻子や紗耶も「え? なんで?」と声に出して驚いていた。

全員が生物・化学準備室に揃うものの、しばらくの間、沈黙が続く。

呼ばれたのは教材運びや、掃除のためではない。
それは雰囲気で分かる。
でも、本当の理由を誰も聞けないでいた。

「黙っていても話が進まないな」
沈黙を破ったのは永野先生の一言だった。
次に何かを言おうとするが、なかなか言葉が出ないようだ。

「みんな。ごめん」
久美子先輩がそう言って私達の方を向き、頭を下げる。

「え、だからどう言うこと? 説明してよ、久美子」
葵先輩が少しイラついたような声を出しながら久美子先輩を睨む。

一瞬私は、駅伝前にあった2人の喧嘩を思い出してしまった。

「自分、4月から広島の高校に転校する。家庭の事情」
久美子先輩の発言に思わずみんなで顔を見合わせる。

「ちょっと待って久美子。駅伝は? 来年の駅伝はどうするのよ。みんなでもう一回城華大付属に挑もうって決めたじゃない。うちら全員、来年もそのままメンバーが残れば最強だって話したよね」
葵先輩が、久美子先輩に向かって捲し立てる。

「お願い、残ってよ。久美子は一緒に駅伝部を作った大事な部員でしょ。なんだったら、うちの家に下宿してもいいから。部屋空いてるし、家賃だっていらない。両親はうちが説得するから」
途中から涙声になりながら、葵先輩が必死で訴える。

「ごめん、葵。どのみち自分は走れない」
久美子先輩は静かに一言だけ言う。

「まってください。先輩、私だって中学の時に故障したことありますよ。時間を掛ければ絶対に治りますから」
「落ち着け澤野。別に北原は故障とかじゃない」
思わず口に出た言葉を、永野先生にそっと指摘される。

「大和。今、北原が言った通り、このまま北原が桂水に残っても来年は駅伝には出られない。それは事実だ。ルール上絶対に覆すことも不可能だ」

「永野先生、どういう意味ですか? 陸上初心者のあたしにも分かりやすく説明してください」
ルールと言われ、麻子が真っ先に反応するが、葵先輩も
「うちだって分かりませんよ、綾子先生。なんでうちは大丈夫で久美子がダメなんですか」
と喰ってかかる。

「かみ砕いて言うとだな。北原は年齢制限で引っ掛かるんだよ」
「「「年齢制限?」」」
一斉にみんなが久美子先輩を見る。

「一応ルール上、同一学年でなければ19歳までは出場出来るんだが、北原は来年20歳だからな」

「えっ? 久美子、うちより2つ年上なの?」
「実はそう」
「母さん、そんなこと一言も言ってなかったわよ」
「医者は患者のプライベートを人に話さない。葵のお母さんは実に素晴らしい医者」

「まったく話が見えてこないんだよぉ」
紗耶が困惑気味な顔をする。

「少し、私が説明してやろう。本当にいいのか北原」
永野先生が尋ねると久美子先輩は何も言わずに頷く。
どうやら、事前に話がついていたのだろう。

「三年前のことだがな。高校陸上界にとんでもない新星が現れたんだ。そいつは1年生ながら、インターハイの女子3000mで8分57秒と言うとんでもない記録を出し、留学生すら押さえ、1年生にしてインターハイで優勝してみせた。でも、その三ヶ月後、あっさりと陸上界から姿を消した。ちなみにそのとんでもない新星がこれだ」

そう言って、私達に陸上競技マガジンを手渡す永野先生。

三年前の日付が入ったその陸マガに一枚の付箋が貼ってあった。
そのページを開いてみる。

『新星現る! 佐中久美子 8分57秒33 高校歴代3位 堂々の優勝!』

そんな見出しで見開きに写っていたのは、苗字こそ違うものの、どこからどう見ても久美子先輩だった。