風のごとく駆け抜けて
コースが折り返しのせいか、中継所から競技場に戻るバスの時間がやたらと早い。
更衣室に荷物を持って行き、急いで着替えてバスに乗り込む。
走り終わって少し暑かったが、荷物になるので葵先輩が来ていたロングコートも着る。
ゆっくりとそんなことを考えられる分、私は恵まれていた。
後ろの選手にいたっては、走り終わって、休む暇もなく着替え、呼吸も整わぬうちにバスへと入って来る。
「これ毎年問題になってるのに、一向に改善しないのよね」
なぜか横に座って来た宮本さんが、息絶え絶えに入って来る他校の選手を見て、私に教えてくれる。
しかも私は一番後ろに座っていたのに、宮本さんはそこまでやって来たのだ。
選手を全員乗せるとバスが動き出す。
私は携帯を取り出して、テレビを点ける。
2区以降の様子が気になるので、携帯を着替えのバックに入れておいたのだ。
他の選手も同じ考えなのだろう。
あちこちからテレビの音声が聞こえてきた。
「さぁ、3区もラスト800m。先頭を走る城華大付属の岡崎、落ち着いた表情でたんたんと走っています」
テレビに真っ先に映ったのは蛍光オレンジのユニホーム。城華大付属だ。
ここまでの間にトップが入れ替わったようだ。
トップといってもほんのコンマ数秒だが。
「さすが城華大付属ですね」
「まぁ、狙いは全国入賞だからね」
横から一緒に携帯を見る宮本さんの眼は、真剣そのものだった。
初めから私達のことなど眼中にないと言うことだろう。
悔しいが、これが現実なのだろうか。
画面をよく見ると後ろに青と白のユニホームが映っているのに気付く。
久美子先輩だ。どうやら、大差がついているわけではないらしい。
「さぁ、2位でラスト800m地点を通過するのは、創部1年目初出場の桂水高校。1区の澤野が1年生にして区間賞を取る素晴らしい走り。2区に入ってすぐに城華大付属に抜かれましたが、3区タスキリレーの時点では6秒差。今この時点で8秒差。強豪の泉原学院、聖ルートリアを抑え堂々2位を走っております」
大丈夫、8秒差ならまだ可能性は十分にあるはずだ。
その後も宮本さんとお互い会話もすること無く、携帯で中継を見続ける。
3区から4区へ中継所での差は結局10秒だった。
4区は貴島由香と紗耶の対決。
同じ1年生、それも中学からの知り合い同士の対決となったこの区間。
結果は貴島由香が差を15秒差へと広げ、5区で待つ山崎藍子へとタスキをつないだ。
「さぁ、城華大付属にしては珍しく1年生でアンカーを任された山崎藍子。その期待にしっかりと応えるように、1年生としては思えない堂々とした走りです」
「あなたが城華大付属に来てたら、藍子は2区だったわね」
思わず宮本さんの顔を見る。
「そりゃそうでしょ。今日の結果が全てよ。本人に言ったら怒るでしょうけど、間違いなく藍子よりあなたの方が速いもの」
宮本さんがワザとらしくニヤッと笑って見せた。
「あぁ。3年連続区間賞ならずか。大学に入ったらバカにされそうだな」
「宮本さん、城華大に進学されるんですか」
「そうよ。もう推薦で決まってる。亜純は国立大に行くって言ってたけどね。あいつは色々と規格外なのよ。頭が悪いってのも本人が勝手に言ってるだけだから。真に受けちゃだめよ」
半分呆れたよう顔で宮本さんが教えてくれた。
バスが競技場に到着し、宮本さんに別れを告げ、私はすぐに永野先生に電話を掛ける。3コール鳴ったところで永野先生は電話に出た。
「先生、今どこにいますか?」
「監督待機室だ。こっちに帰って来たのか」
「ええ、今正面玄関に向かってます」
「だったら、そのまま玄関から、ゴール側に延びている通路を通って、ゴール前のスタンド下まで来てくれ」
それだけ言うと永野先生は電話を切ってしまった。
言われた通り、スタンド下に行くと、永野先生が待っていた。
「澤野お疲れ。よくやった。正直、見てて興奮したぞ。間違いなく、他のメンバーに良い影響を与えたな」
私はその言葉が嬉しいのと同時に、少し照れくさくて「ありがとうございます」と言うのが遅れてしまった。
恥ずかしさをごまかすように辺りをみると、オーロラビジョンに駅伝の中継が映っているのに気付く。
なぜか音声は出ていないようだ。
未だに先頭は城華大付属高校だ。
少し差が開いたのか、後ろに麻子の姿は見えない。
「今どれくらいの差なんですか」
「どうかな。2キロ通過時点では、湯川が12秒差まで詰めたのだがな。それが湯川にとってオーバーペースだったのか、それとも山崎が前半を慎重に入ったのか、4キロ通過地点では18秒差まで開いていた。そろそろ先頭が帰って来そうだな」
オーロラビジョンを見上げて永野先生は言う。
藍子が県道から競技場の敷地内に入って来るところが映し出されていた。それと同時に競技場内にアナウンスが流れる。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻