風のごとく駆け抜けて
「さあ、先頭が戻ってまいりました。先頭で帰って来たのはゼッケン1番、城華大付属高校です。昨年まで22年連続都大路に出場している城華大付属。そのアンカーを走る1年の山崎さんが、今競技場に姿を現しました」
藍子がトラックに入って来ると、上のスタンドでは多くの歓声が上がっていた。
藍子にしては珍しく、かなり必死に走っていた。
いつもはもう少しクールに淡々と走るイメージあるのだが。
その理由はすぐに分かった。
藍子が私達の前を通過し、残りトラック1周、距離にして400mとなった時に、またアナウンスが流れる。
「さぁ、2番目に帰って来たのは今年が初出場、桂水高校であります。アンカーを走るのは湯川さん」
麻子は、藍子以上に必死で走っていた。
絶対に抜いてやると言う気迫がひしひしと伝わってくるような、走りだった。
「麻子! 頑張れ! まだ400m残ってる」
私はスタンド下からゴール近くまで出てありったけの声で応援をする。
8レーンより外なら役員も何も言わなかった。
正直、先頭が残り400mで20秒近い差と言うのは、ほぼ逆転は不可能だ。
それでも麻子の走りは、もしかしたら何か起こるのではないかと、期待してしまうくらいの力強い走りだった。
「さすが湯川だな。あきらかに差が縮まってるぞ」
珍しく永野先生もわずかながらに興奮していた。
この時点で藍子がラスト200m。
麻子はすでにバックストレートに入っていた。
タイム差がもう15秒無いのは確かだ。
だがやはり距離が足らなかった。
差を詰められながらも、藍子は逃げ切り、1位でフニッシュ。
オーラビジョンには「優勝 城華大付属高校 23年連続都大路出場」とテロップが出る。
「麻子ファイト! ラスト!」
それでも私は麻子を全力で応援する。
城華大付属には負けてしまったが、まだ私達の駅伝は終わっていない。
麻子もそれが分かっているのだろう。
最後まで必死で走り抜き、ゴールを駆け抜ける。
ゴール横にある電動計時を見ると、1時間8分53秒だった。
麻子はゴールして真っ直ぐに私達の所へやって来た。
「ごめん。抜けなかった。負けちゃった」
気温が上がったせいだろうか。
麻子は、私や宮本さん以上に、汗で全身ずぶ濡れだった。
ずぶ濡れでも、涙は分かるんだなと私は思った。
麻子はうっすらと眼に涙を溜めていた。
「湯川、お疲れ。よく頑張ってくれた。お前をアンカーにしたのは間違いでは無かったな。今年は悔しい結果に終わってしまったが、お前の走りは来年に大きな希望が持てる走りだったぞ」
麻子の背中を軽く叩き、永野先生が言葉を掛けるが、麻子は何も言わずうつむいたままだった。
「麻子?」
私が麻子の顔を覗き込もうとすると、麻子は体の向きを変える。
「本当はすごく不安だった。あたしだけ中学で陸上の経験が無いし、アンカーで後ろは誰もいなし、みんなが運んで来たタスキをあたしが台無しにしたらどうしようって……。もしかしたら、みんなの足を引っ張るかもしれないし。紗耶からタスキを貰う時だって手が震えて一瞬落としそうになったし」
「誰だって初めての時は緊張するさ。それでも、あれだけの走りが出来たんだ。十分立派だし、湯川はうちの部にとって絶対に必要な存在だ」
永野先生が優しく麻子の頭に手をやると、それがスイッチだったかのように、麻子は人目をはばからず、声を出して泣き始めた。
麻子が泣くのを見たのは初めてだ。
私が部活に入れないと言った時、葵先輩と久美子先輩が喧嘩した時、麻子は本気で説教をして来た。
そんな麻子が泣く姿は、なんだが見てはいけないものを見た気がした。
「湯川。風邪を引いても困る。取りあえず着替えて来い」
言われて麻子は頷き、着替えに向かう。
麻子が着替えに言っている間に、他のメンバーも続々と帰って来る。
その後、麻子の応援に行っていた由香里さんと晴美も戻って来た。
その頃には麻子も着替え終わり、駅伝部全員が揃う。
誰もがみんな、涙こそ流さないものの、悔しい表情をしていた。
「さすがに悔しいなぁ。きじゆーにも差を広げられちゃったんだよぉ。しっかり練習して、来年リベンジしなきゃ」
「そうね。うちも聖香が作った流れを台無しにしてしまったしね。もう一度みんなで頑張りましょう。幸い、今いるメンバーは全員残るんだしね。今から頑張って、もう一度来年戦いましょう」
葵先輩の発言に全員が返事をして頷く。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻