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風のごとく駆け抜けて

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その直後、ラスト1キロを通過する。

後ろに下がった泉原学院はこのペースに付いて来れなくなったようだ。
私の後ろからは、足音も呼吸音も聞こえない。

これで先頭は私と宮本さんの一騎打ちとなった。

ラスト1キロから始まる小刻みなアップダウン。まず最初は登りだ。

アップダウンが得意な私だが、登りの方がより得意だ。
登る間に宮本さんの横へ並ぶ。

でも次の下りでは2歩前に出られてしまった。

登りは私に、下りは宮本さんに分があるように思える。

問題なのはラスト80mが下りと言うことだ。

試走で走ったコースを思い出す。
つまり、その前の登りで宮本さんからリードを奪い、ラストの下りで逃げ切るしかない。

スタートする時は、少しでも良い位置でタスキを渡して、流れを作るのが私の仕事だと思っていた。

先頭からのタイム差を1秒でも少なくしてタスキを渡す。
つまり区間順位は2位以降が前提だった。

でも、ここまで来ると負けたくないと言う気持ちが一気に湧いてきた。

2度目の登りでも私がリードを奪うが、下りですぐに追いつかれる。

私と宮本さんの呼吸音が、まるで何かの演奏を奏でているようだった。
それも、とびっきりテンポの速い激しい曲を。

宮本さんはどうだが分からないが、私にはほとんど余裕が残っていない。
はたして最後の登りでどれくらいリードが奪えるのだろうか。

最後の登りに差し掛かると同時に、私は体に残っている力を一気に出し切る。

距離にして200mの登り。
後残りは約280m。

葵先輩にタスキを渡したら倒れ込んでしまってもいい。
今、体に残っている力をすべて出しきってやる。

登り初めてすぐに私が宮本さんからリードを奪う。
それでも私は前に進む力を緩めない。
絶対に下りで詰めれるのは分かっている。
リードはいくらあっても足りないのだ。

100m進むと宮本さんの呼吸音が少しだけ遠ざかっているのが分かった。
それを確認して、私はタスキを肩から外して、手に持ち帰る。

「タスキを渡す時は両手で持って、相手が取りやすいようにしろよ。それから、中継所で次の選手が見えたら、全力でダッシュするように。そうすることで、次の選手が気持ちよくスタートして、結果的にはチームの好走につながるんだ」

中学生の時に、顧問の先生がそう教えてくれた。
後50mも走れば登りが終わり、葵先輩が待つ中継所が見えるはずだ。

後20mで登りきると言うところで、後ろの呼吸音が近づいて来たのが分かった。

登りで詰められている。
下りではさらに詰められることが予想される。

驚きながらも私は必死で逃げ切ろうと、地面を思いっ切り蹴り、前へと進んでいく。

登り切った所で、中継所が見えた。

蛍光オレンジのユニホーム。
それと白と青のユニホーム。

2人の選手が道路に出てスタンバイをしていた。
向かって左側が葵先輩だ。

「聖香! ラスト」

80m先にまで聞こえて来るくらい、葵先輩の声は大きかった。

そして大きくなって欲しくないのに、だんだんと大きくなる宮本さんの呼吸音。

決して私も手を抜いているわけではない。
それでも確実に差を詰められている。

もともとリードだって5m程度しかなかったはずだ。
それが今や、真後ろにまで迫っている。

そう思った時には遅かった。真横に並ばれた。

もうここまで来たら、意地のぶつかり合いだ。
永野先生が言っていた。「相手よりも強く都大路に行きたいと思えるか」それが大切なんだと。

もちろん行きたい。このメンバーで都大路を走りたい。
だからここで負けるわけにはいかない。

タスキを両手に持ち、渾身の力で走る。
宮本さんは相変わらず真横にいる

。私は一歩でも前に出ようと必死に体を動かす。
もう体のあちこちが悲鳴をあげかけていた。

「お願い。あと数mだけ我慢して!!」体にそう言い聞かせる。

「聖香!」
「葵先輩、あとお願いします」

短い言葉を交わし、タスキを渡す。
葵先輩が走り出すと同時に城華大付属の桐原さんも走り出していた。

酸素を欲している体は、走り終えてなお荒い呼吸を繰り返していた。

その横では泉原学院、聖ルートリアのタスキリレーが行われる。

「お疲れさん。タイムいくつだった?」
宮本さんが私のところにやって来た。
宮本さんも私と同じで全身汗びっしょりだ。

「えっと19分38秒ですね」
時計を見て私は答える。
そう言えば宮本さんは時計をしていなかった。

「タイム自体は悪くないのか。これでタイムが遅くて区間賞を逃していたなら悔しいけど、そのタイムなら良しとするか」

一瞬だけ何をいっているのか分からなかったが、すぐに気付いた。

「ほんの一瞬、私の方がタスキ渡しが遅かった。2区以降なら同タイムで区間賞でしょうけど、1区だと着順がつくからね。悔しいけどあなたが区間賞よ」

それでも宮本さんの顔は悔しそうには見えなかった。
むしろ、すべてを出し切って満足しているような感じだ。