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風のごとく駆け抜けて

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2キロを通過すると先頭集団が5人になる。

先頭は相変わらず聖ルートリアと泉原学院が並走で引っ張っている。
城華大付属の宮本さんは、私のすぐ前を走っており、4番手だ。

なぜ宮本さんが前に出ないのかは、分からなかった。
城華大付属レベルになると、勝って当たり前。目標はあくまで全国での入賞と言うことなのだろうか。

つまりこの県駅伝も練習の一環でしかないと。

そんな私の考えが間違いだとと気付いたのは、中間点である3キロの看板が見え始めたときだった。

中間点を前に、泉原学院がすっと前に出て、単独トップにあがる。
それと同時に団子状態だった先頭集団が縦一列に変わった。

宮本さんは、その瞬間を見逃さなかった。

縦になると同時に、4番手から2番手へと位置取りを変え、泉原学院にぴったりと付いたのだ。

そこからレースは過酷さを増してくる。

縦一列になり、ペースが若干上がる。
先頭集団も4人となった。城華大付属、聖ルートリア、泉原学院、そして私だ。

他の3つは昨年の上位3チーム。それに私が挑んでいると言うわけだ。

中間点の通過が9分48秒。
やはりこの1キロのペースが上がっていた。

まだ体力的には余裕がある。
ここは無理に出る必要もないし、しっかりと我慢する場所だ。

そう言えば、昨日エントリーリストを見た限りでは、ここにいる4人のうち、私以外は3年生だった。3年生3人に挑む1年生。しかも創部1年目で初出場。

きっとテレビのアナウンサーもそんなことを言っているのではなかろうか。

テレビと言えば、母はきちんとこの駅伝を予約できたのだろうか。

今日、どうしても仕事が休めなかった父は、一週間も前から、母に録画をするように何度も念を押し、最後には母に「耳にタコが出来るくらい、聞いた。自分で操作出来ないなら黙ってなさい」と怒られていた。

私が高校で走ることを反対していた頃の父とは、まるで別人だ。

クラスの友達は、私と父の事情を聞いて「なんて身勝手な父親。そんなに反対して、今は手のひらを返したように応援して」と怒っていた。

でも、不思議と私は怒る気はなかった。
それを言った時に友達は「澤野っちは人が良すぎる」とやっぱり怒っていたが……。

理由は簡単だ。
今の環境が素晴らしいからだ。

本当に偶然だが、桂水高校で女子駅伝部に入れて良かったと心の底から思っている。

だからこそ、このメンバーで都大路を走りたい。
そのためにも、私が頑張らないといけない。

少し遠くに行っていた意識がまた戻って来る。
私は軽く深呼吸をしながらタスキを握った。

ここまで走って来た私の汗で、タスキは濡れていた。
その汗の分だけ、タスキに自分の思いが加わっている気がする。

4人が縦一列で走っているのは先ほどから変わって無い。
でも、お互いの差が少しずつ広がり始めていた。

2位を走る城華大付属宮本さんと3位の聖ルートリアの差が広がり始め、必然的に4位を走る私も一緒に宮本さんから離れつつある。

今ここで離されるわけにはいかない。
私は意を決して聖ルートリアを抜き、3位へと上がる。

そのまま宮本さんの横に並ぶ。
縦一列だった集団がまた一塊になった。そうさせたのは自分だが。

4キロを通過する時、後ろからの足音は聞こえなくなっていた。
沿道の観客が私達3人を応援してくれたのち、4秒くらいたってまた応援の声が聞こえる。

私はふと、ある日の練習を思い出す。

「湯川。さっき気になったんだが、タイムトライをやってる時に後ろを振り返るな。もちろんレース中もだぞ」
「え? なぜです?」
麻子は意味が分からないと言った顔で、永野先生を見ていた。

「後ろを振り返るのは、余裕がないと言う証拠なんだよ。追われたりする恐怖や、自分の体力に限界が近づいて来て、後ろが気になって振り返ってしまうんだ。でもこれは、後ろの相手を楽にするだけだ。『あ、こいつ余裕が無いな。頑張れば抜ける』って思われてしまう」
麻子は感心したように何度も頷きながら、永野先生の話に聞き入っていた。

「それでも後ろが気になる場合は?」
「まずは足音や呼吸が聞こえるか。聞こえるようなら、ほぼ真後ろにいる。駅伝だと観客の応援する声だな。自分への応援から次の応援までの秒差が、相手との大まかな差になる。もしもそのどちらも分からなかったら、後ろを気にすることをあきらめろ。ひたすら前を見て走るのみだ」

つまり4位に落ちた聖ルートリアとは約4秒差。
多分これからもう少し離れていくだろう。

3人のなかで順位変動が起きた。
宮本さんがついに先頭へと出たのだ。

前を行く宮本さん。その後ろに私と泉原学院が並んで付く。

やはり宮本さんは体力を残していた。
先頭に出ると少しペースを上げて、私達を引き離しにかかって来る。

もうすぐラスト1キロ地点。
そこまで無理をすることは無いと言われていたが、どう考えてもここで宮本さんを独走させるわけにはいかない。

私は少し強く腕を振り、ペースを上げて宮本さんとの差を詰める。
泉原学院はこのペースに付けなかったのか、私の横ではなく後ろに付く形となり、再び集団は縦一列になった。

もうすぐラスト1キロ地点と言うところまで来ると、急に観客が増えた。

そうか、この辺りは5区のスタート地点だ。

麻子もどこかで見てくれているのだろうか。
そう思って道路の向かい側にある中継所をちらっと見ると同時に、私を呼ぶ声が聞こえる。

「聖香! 頑張れ! あと1キロ!」
その声は道路の向かい側からでは無く、こちら側から聞こえた。

前を見ると、50m前に青いロングコートを着た麻子が立っていた。
わざわざこちら側に渡って来ていたようだ。

麻子の姿を見つけると同時に、私は手袋を外し、下投げで麻子に向かって投げる。

走りながらだったので、少しずれてしまったが、麻子は上手くキャッチする。
さすが元バスケ部だ。

そんな麻子を見て私は少しだけ微笑む。
それに応えるように、麻子が笑顔で「ファイト」と声をかけて来た。