風のごとく駆け抜けて
スタートと同時に、私は前へ出ようと試みた。
だが、一番後ろの列からスタートしたこともあり、集団の真ん中辺りまで行った所で、周りすべてを他の選手に囲まれ、身動きがとれない状態となってしまう。
一瞬気持ちがあせるが、すぐに気持ちを切り替える。
別にトラック競技ではないのだ。
それに今から6キロ走るうちの、まだ250mを過ぎただけ。
落ち着いて行けばいい。
そう考えると、心に余裕が出たのか、周りをしっかりと見渡すことが出来るようになった。
まず一番最初に気付いたのは、宮本さんが先頭を走っていないと言うことだった。
正確な人数は数えれないが、前から10番目前後と言ったところだろうか。
代わりに先頭を引っ張っているのは、泉原学院と聖ルートリアの2人のようだ。トラックの3000mの持ちタイムだけで言うなら今期の山口県1位は宮本さんだ。
自分のペースから判断するに、他の選手がハイペースで走っているというより、宮本さんがじっくりと後方で構えている感じだ。
「澤野はアップダウンが得意だから、ラストの1キロは積極的に行け。その代り、そこまでは無理をしないように。別にお前がレースを引っ張る必要はないんだ。落ち着いて先頭集団にいればいい」
昨日のミーティングで永野先生から言われたアドバイスを思い出す。
宮本さんもきっと同じような考えなのだろう。
トラックを1周し終わり、競技場の敷地から県道に出る。
直角に右へと曲がり県道に出ると、あとは道なりにひたすら真っ直ぐだ。
トラックの中では一塊だった大きな集団も、県道に出る頃にはばらけ始めていた。
私は前から落ちて来る選手を1人、また1人と抜き、順位をどんどん上げ、先頭集団の一番後方に付く。
先頭集団は、全部で7名。
その中にはもちろん、宮本さんも入っている。
宮本さんは私の右斜め前を淡々と走っていた。
後ろから見る限り、フォームにかなりの余裕がある。
脚の動きの軽さでそれがはっきりとわかる。
やはり、後半に仕掛けるつもりなのかも知れない。
集団の前にはテレビの中継車がいる。
この駅伝は、山口県内限定だが、生放送で放映される。
永野先生に言わせると、全国的にもかなり珍しいそうだ。
県道を少し走ると赤い大きな橋が見えてくる。
この橋を渡る手前が、1キロ地点だ。
折り返しだとラスト1キロになるせいか、橋の入り口周辺には多くの人が集まっていた。
「宮本先輩、1キロ通過3分17秒です。ファイト」
蛍光オレンジのロングコートを着た生徒が、私の前を走る宮本さんに大声で叫ぶ。
私も1キロと書かれた看板の横で、自分の時計を押し、タイムを確認する。
3分18秒。
このペースならかなり余裕を持って付いて行ける。
とにかく今は焦らずに付いて行くだけだ。
と、ふと気になることがあった。
なぜ城華大付属の部員は宮本さんに1キロの通過タイムを叫んだのだろうか。
それと、どうして、正確なタイムがわかったのだろうか。
こんなことを走りながら考えるあたり、本当に私はリラックスして走れているのだろう。
答えはすぐに分かった。
右斜め前を走る宮本さんの左腕には、時計が付いていなかった。
タイムは気にせず、勝負に徹すると言うことなのだろうか。
もしかすると、私と同じように右腕に付けているのかと思い、宮本さんが右腕を後ろに振った時にもう一度見てみたが、やはり時計は付いていなかった。
そして、正確にタイムが分かる方法を2つほど思い付く。
ひとつは、スタート時に競技場でピストルの合図と同時に時計を押し、ここまで走って来たと言う可能性。私達はトラックを1周するが、競技場からすぐに走ってくれば可能かもしれない。
もうひとつは、テレビ中継を携帯で見ながら時計を押した可能性だ。どちらかと言うと、こっちの方が、正解のような気がする。
そんなどうでも良いことを考えていると、橋を渡り終えていた。
「澤野で言う1キロ過ぎ、湯川で言うラスト1キロ手前。あそこにある橋は注意しろよ。とくに湯川。不思議と、昼前になるとあの橋は強風が吹くことがある。その時はピッチを意識して、若干前傾姿勢で走れ。無理に大きなフォームで走って、無駄な体力を使うな」
昨日のミーティング時に、言われた言葉だ。
幸いにも私の時には風は吹かなかったようだ。
願わくば、麻子が走る時も風が無いことを。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻