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風のごとく駆け抜けて

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目が覚めた時、辺りはまだ薄暗かった。
携帯を見ると時刻は5時半。

部屋を見渡すとみんなまだ熟睡している。
私はみんなを起こさないように静かに着替え、昨日貰ったばかりのコートを着て外に出た。

日はまだ登っておらず空は薄暗いが、それでも澄み渡っているのがはっきりと分かる。

今日は良い天気になりそうだ。

街を30分程度散歩して、旅館へ戻る。
不思議と歩いている最中は脚が今までにないくらい軽く感じられた。

ふわふわと浮くような感じではなく、本当に物理的に軽くなっているような感じだ。

アップをしてみないと分からないが、今日は調子が良いのかもしれない。

部屋に戻ると、みんなすでに起きており、全員でご飯を食べ、旅館を出発する。
この時点でスタートまで後3時間となっていた。

競技場に到着すると、あちこちに応援用の登りが立てられ、まるで祭りのような雰囲気だ。

「ほら、澤野。なくすなよ」
そう言って学校受付に行った永野先生が手渡してくれたのは、今日使うタスキだった。

「タスキを見ると駅伝って感じがするわ」
「何としてでもつなげるんだよぉ」
「もちろん」
「当たり前よ。つなげた上で、城華大付属に勝ってみせます。あたし、一番で帰って来ますから」

みんながそれぞれの思いを口にし、私達のテンションはだんだんと上がって行く。

「女子駅伝参加の各学校へ連絡します。2区以降への輸送バスの準備が出来ました。各中継所行きのバスへ乗車をお願いします」
遠くの方から役員が拡声器で叫んでいる。

「さぁ、いよいよね。次に全員がこうやって集まるのは、ゴールしてからね。よし、それじゃぁ」
葵先輩が右手を自分の斜め前に出す。

「え。葵さん本当にやるんです?」
「もちろんよ」
その答えを聞き、ため息をつきながら麻子が葵先輩の右手に自分の手を重ねる。

その上から私達も円周上に並びながら手を重ねて行く。
もちろん晴美も含めてだ。

永野先生と由香里さん微笑みながらこっちを見ていた。

それが原因かは分からないが、なんだがくすぐったいような恥ずかしさが込み上がって来る。

「それじゃぁ、みんな。悔いの無い走りを。今までの練習をすべて出し切ってこよう。最後まで絶対にあきらめない。常に前進あるのみ。桂水高校女子駅伝部! ファイト!」
「「「おー!」」」

掛け声と共にやる気がしっかりと充電されたのが分かる。
いよいよ私達の初めての挑戦が始まるのだ。

「まもなくスタート3分前です」
係員の声が遠くから聞こえて来る。

私は目を閉じたまま、ゆっくりと呼吸を吐きだし、吐き終わると目を開ける。

気持ちはしっかりと落ち着いている。
アップをやった限りでは体もずいぶんと軽かった。

大丈夫、今日の私は絶対に良い走りが出来る。
自分にそう言い聞かせ、ロングコートを脱ぐと、付添い役の晴美にそのまま渡す。

「頑張って来てね。しっかりと応援してるから」
晴美に負けないくらいの笑顔で私は頷く。

ゆっくりと歩きながら、スタート地点に向かう。
すでに多くの選手が集まっており、色とりどりのユニホームを見ることができた。

その中でもとりわけ目立つ、上下蛍光オレンジのユニホーム。
城華大付属の宮本さんだ。

私は横を通る時に、軽く会釈だけする。
宮本さんはちらっと私を見て、すぐに視線を元に戻した。

周りにいる選手全員が、今から戦う相手だ。
そのせいか、誰も喋ろうとする人はいない。

それが余計にスタート前の緊張感を増幅させる。

県駅伝はスタート位置がナンバー順となっている。
今年は35チーム出場で、横9人が全部で4列。

もちろん、城華大付属は先頭の列で、私は一番後ろの列だ。

一番後ろに並び前を見ると、蛍光オレンジのユニホームが随分遠くにあるように感じた。

「スタート1分前」
係員が拡声器で残り時間を告げる。
35人の選手はすでにスタートライン前に整列を完了している。

いくら緊張はしてないとは言え、このスタート前だけは話が別だ。
私は、左肩から掛けているタスキをギュッと握る。

このタスキをみんなに届ける。私がやるべきことはそれだけ。

タスキを握ったまま、心のなかでそうつぶやく。
不思議とやるべきことを自覚すると、緊張もやわらいで来た。

「スタート30秒前」
短く息を吐き、気合いを入れる。

「スタート10秒前。位置に着いて」
その言葉と同時に、スタート位置に着く。

会場全体が静寂に包まれ、空気の流れすら止まっているように感じられる。

そしてまた空気を流し始めるように、ピストルの音が鳴り、私達は一斉に前へと進みだす。