風のごとく駆け抜けて
大会2日目は朝からバタバタしていた。
朝食を6時に食べ、7時には旅館を出発する。
葵先輩と麻子が出場する1500mの予選が9時からあるためだ。
「さぁ、今度は麻子のデビュー戦かな」
私の横に座っている晴美が、プログラムを見ながら、ちょっとだけ嬉しそうに言う。
大会中、晴美はマネージャーとしてフル活動をしており、私達のラップや記録を全て計測している。
マネージャーとしての成長ぶりに、永野先生も随分と上機嫌だった。
「あさちゃんも決勝に行けるかなぁ。あおちゃん先輩はあっさりと行けたけどぉ」
紗耶の言う通り、1組目を走った葵先輩は4着取りの3着目で問題なく決勝進出。ちなみに1位は貴島由香だった。
ちなみに、2組目の1着も城華大付属の選手。2年生の岡崎祐と言う人だ。
そして今から、麻子の出場する最終組、3組目だ。
「あれ……城華大付属の三輪さくらって人、棄権だ」
晴美がオーロラビジョンを見ながらプログラムに線を引く。
それから少しして、3組目のスタートを告げるピストルが鳴る。
麻子のタイムを計ろうと、自分の腕時計を押し、動いていることを確認するために画面を見た瞬間だった。
「あ! 麻子が扱けた!」
晴美が極めて冷静に、最悪の事実を告げる。
トラックに眼をやると、スタートラインからわずかに3mの所。
華麗に飛び込んだ競泳選手のように、両手を前に出して寝そべる無残な麻子の姿があった。
その姿を見た瞬間、私は気付く。
「そう言えば麻子って、こんな大人数でスタートするの初めてよね」
それを聞いて、紗耶と久美子先輩どころか、永野先生までもが「あぁ……」と納得する始末。
私の一言が聞こえていたのだろうか。
「うるさいわね。ちょっと油断したのよ」とでも言うように、麻子は立ち上がり走り出す。
だが、一つ前の選手ともすでに15m程差が付いていた。
先頭が400mを通過する。
「前の2組に比べて、通過のラップが3秒も遅い。この組からプラスを期待するのは難しいかな」
晴美がプログラムに書き込んでいる各組のラップを見ながら言う。
1500mは3組4着プラス2で行われていた。
つまり麻子が決勝に残るには、着順で4着に入るしかないようだ。
でも逆に考えれば、この組が遅いペースで展開してるのは、麻子にとっては有利なのかもしれない。追い付ける可能性があると言うことだ。
「澤野はちょっと別として。うちの駅伝部で一番才能があるのは、間違いなく湯川だろうな」
レースを見ながら永野先生がしみじみと言う。
なぜ私が例外なのかはよく分からなかったが、先生が言うことは正しいと感じていた。
先頭が800mを通過する時、麻子は先頭集団に追いついてしまったのだ。
先頭集団は麻子を含め6人となる。
「後必要なのは経験だな。あきらかに湯川、先頭に出ようとしてるだろ。予選は4着までは無条件で決勝に行けるんだから、ここは落ち着いて行くべきなんだがな」
永野先生の言う通り、麻子は先頭集団に追いついてもペースを緩めることなく、どんどんと前へと出て行く。
ラスト1周の鐘が鳴ると同時に麻子は先頭へと出る。
先頭に出ると、そのままの勢いで後続を引き離しにかかる。
それが合図となり、先頭集団がばらばらになっていく。
「すごいわね湯川さん。それにしても、駅伝部のみんなってすごく速いのね。これだけ才能がある人が偶然集まるって、すごいじゃない」
「いや、由香里。そこは私の指導力を褒めてくれる所じゃないの? 才能もあるだろうけど、それを伸ばしたすごい指導者がいるとは考えないわけ?」
永野先生はちょっと悔しそうに由香里さんの顔を見る。
「まったく思わないわ」と冗談顔で由香里さんは笑っていた。
残り200mで、一度麻子が先頭から2位へと落ちるが、すぐに先頭を奪い返す。結局、そのまま麻子は先頭でゴールした。
しかもスタートで扱け、大きなロスがあったにも関わらず、葵先輩よりもわずかに0、2秒遅いだけだった。
ただ、体力は使い果たしたようで、ゴールした後、しばらくは動けないままでいた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻