風のごとく駆け抜けて
「なんだお前ら、えらく早いな」
私達の横にあるふすまが当然開いたと思ったら、永野先生と由香里さんがやって来て、私達の会話を中断させる。
「いや、18時から食事って言ったのは、永野先生ですけど」
「そうですよ、綾子先生が遅れてどうするんですか」
麻子と葵先輩の言葉に一番最初に反応したのは、意外にも永野先生ではなく、城華大付属のメンバーだった。
「永野……」
「綾子?」
宮本さん、藍子、貴島由香の3人が、なぜかその場に立ち尽くす。
「加奈子先輩?」
葵先輩が不思議そうに声を掛けると、宮本さんが我に返り大きく深呼吸をして、永野先生の方を見つめる。
「もしかして、全国高校駅伝で城華大付属高校が、初の全国制覇をした時にアンカーを走られた、永野綾子さんですか?」
宮本さんの急な質問に、永野先生も状況が把握出来ずに「ええ」と短く返事をするだけだった。
でも、藍子達にはその肯定の一言で十分だったようだ。
「入学してすぐに、阿部監督から当時のビデオを見せてもらいました。本人を前にして、すぐに気付かなくて申し訳ありませんでしたが、永野さんの走りには大変感動しました。私達もああ言う走りが出来るように、日々頑張っています。今日はお会いできて光栄です」
宮本さんが言うと、藍子も貴島由香も、「私達もです」と頷いていた。
「あ……そうなんだ。ありがとう。てか、阿部監督、毎年そのビデオを見せてるってことだよな」
宮本さんにそう返すものの、突然の展開に、永野先生はどう反応していいか分からないと言ったふうに、由香里さんの方を見る。
「良かったじゃない。あなたのことを尊敬してくれる人がいて」
笑いながら由香里さんが言った直後に、後ろのふすまが開き、髪に随分と白髪が混じった初老の男性が入って来る。
まさに今話題に出た、城華大付属の阿部監督だった。
「よかったですね。あの時のあなたの走りは、今でも多くの人の目標となり、感動を与えていますよ」
話が聞こえていたのだろう。
阿部監督は大広間に入って来るなり、永野先生を見て笑顔でそう言う。
「阿部監督。監督にそう言ってもらえると非常に光栄です」
永野先生は深々とお辞儀をして阿部監督にお礼を述べる。
「さて、お互いに生徒も待っていますし、食事にしましょう」
阿部監督の一言で、みんなその場から移動して食事となった。
それにしても、先ほどのやりとりで永野先生のすごさを改めて認識させられた。
永野先生みたいになりたいと思った自分の気持ちは、間違っていなかったようだ。
食事が終わってみんなでお風呂へと行く。
「はるちゃんの胸が大きいのがムカつくんだよぉ」
紗耶が湯船で晴美の裸をみて、わけの分からないことを突然言い出す。
「いや、それは何というか、みんなは走ってばかりだからじゃないかな」
晴美の一言にうなだれる麻子と……私。
「いや、逆転の発想だ。そうよ、あたしの胸が小さいのはバスケと駅伝で運動をしまくってるせい。本当はもっと大きいはずだもん」
麻子の一言は、もはや言い訳にしか聞こえなかった。
笑う葵先輩は晴美ほどではないがしっかりと大きさもあり、張りのある綺麗な形をしている。
「別に気にしても仕方ない」
そう言う久美子先輩の胸は、麻子よりも小さい感じがした。
と、久美子先輩と目が合う。
「でも、聖香よりは大きい」
もしかして、心を読まれた? いや、多分、私の目線が胸に行っていたせいだろう。
その時、入口の扉が開く。
永野先生と由香里さんが入って来た所だ。
永野先生は、入ると同時にじっと私達を見る。
「うーん。佐々木、大和、藤木、湯川、北原、澤野の順かな。澤野が2位にしっかりと差を付けて1位でゴールってとこか」
それが私達の胸の大きさ順であることはすぐに分かった。
えぇ、私が断トツで小さいのは理解してますとも。
そう、麻子的に言うなら、中学生の時から走ってばかりだったから。
「まぁ、これに比べれば私も含め、どんぐりの背比べって感じだけどな」
晴美と葵先輩の間くらいの大きさの胸をした永野先生が、由香里さんの胸を指さす。
由香里さんに初めて会ったのは、夏合宿の打ち上げだった。
あの時も圧倒的だと思っていた。
しかし、こうして直接見ると、圧倒的と言う言葉すら、言葉足らずのような気がする。もう、駅伝部の中では天上天下唯我独尊。世間一般的にみても史上最強と言った感じだ。
いや、もちろん言葉の意味が微妙に間違っているのは分かっている。
「ちょっと綾子。あんたって人は」
怒る由香里さんを紗耶がじっと見ている。
その視線に由香里さんも気付いたようだ。
「えっと……藤木さん?」
「由香里さん、何カップですかぁ」
紗耶が真面目な顔をして、由香里さんに質問する。
「えっと……」と返答に困る由香里さんに代わり、「聞いて驚け、由香里はIカップだ」と永野先生が自慢げに言う。いや、なぜ永野先生が自慢げな顔になるのか?
と、由香里さんが永野先生の頭をパシッと叩く。
「余計なこといわないで」
「いえいぇ、女同士なんだし、良いじゃないですかぁ」
紗耶がニコニコして由香里さんに返す。
そして、湯船から出てスタスタと由香里さんの前に行き、両手を由香里さんの胸に当てる。
「うわぁ、すごい弾力だよぉ! そしてこの柔らかさ」
なぜか嬉しそうな紗耶と、驚きと恥ずかしさで顔を真っ赤にしながらも、言葉を出せない由香里さん。
なんとも不思議な光景だ。
お風呂から上がり、ミーティングをして消灯まで自由時間となる。
私と晴美でテレビを見ていたのだが、CM中にふと葵先輩を見ると、なんと勉強をしていた。さすが駅伝部唯一の理数科クラス。
「こんな時でも勉強なんですか? つい先日定期テストが終わったばっかりなのに」
「まぁ、来年は受験生だしね」
私が聞くと、葵先輩は来年の受験をすでに見据えて勉強していることを告げる。
さすがだ。
晴美が「どこの大学を受けるんですか?」と聞くと、「まだ内緒。うちの中では結構前から決まってるけどね」と笑顔でごまかされた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻