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風のごとく駆け抜けて

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「ああ、私は本当に走るのが好きなんだ」と、しみじみ感じながらラスト1周を迎える。

「先頭は桂水高校の澤野さん。間もなく400mを通過」
アナウンスが流れた後、ラスト1周を告げる鐘がカランカランカランと鳴り響く。

「400mの通過は64秒。64秒であります」
アナウンスが告げる通過タイムに我ながら驚いた直後だった。

「聖香頑張れ」「もうぶっちぎりだからぁ」などと言ったみんなの応援が聞こえてきた。

これだけ速いペースで走って来ても、アナウンスも応援もしっかりと聞こえると言うことはまだ気持ちにゆとりがあると言うことだ。

中学最後のトラックレース。
私が県チャンピョンになったレースでは、えいりんと山崎藍子、私の3人で熾烈な争いをし、一瞬も気が抜けない状況だったこともあり、アナウンスも応援もまったく耳に入ってこなかった。

残り1周は完全に自分との戦いだった。

ラスト200mでさすがに脚が重くなり、ペースが落ち始めているのが自分でもはっきりと分かる。

それでも腕をしっかりと振り、動かない脚を必死に前へと出す。

ラスト100mの直線は呼吸もかなり上がっており、その音がうるさく感じらる。

ゴール後一礼するために後ろを振り返ると、2位の選手はまだラスト50m辺りを走っていた。

どうやら私はダントツでゴールしたようだ。
よく見ると電動計時は2分12秒33で止まっていた。

それはかなりの好記録タイムなのだが、不思議とそのタイムよりもレースの楽しさの方がはるかに上回っていた。

試合の雰囲気、ユニホームを着て走ること、タータンの感触、今まで当たり前だと思っていたことがこんなにも楽しいとは思わなかった。

一時期は走ることをあきらめていたが、偶然にも麻子に声を掛けられ、みんなと出会い、駅伝部に入部。また走れる環境に巡り合えたことに改めて感謝したい気持ちでいっぱいだ。

服を着替え、軽くダウンジョグをしてみんなの所へと戻る。
私が帰って来たのを見つけるなり、麻子が目を輝かせながらよって来る。

「ちょっと聖香。あなたどれだけ速いのよ。結局予選4組中、ダントツの1位じゃない! いや、もちろん聖香が速いのは知ってるんだけどね」
 興奮のせいか、麻子は言いながらどんどん私に近付いてくる。
暑苦しいので、両手で麻子を押しのける。

「いや、本当に良い走りだったな。明日の準決、決勝も今より速い記録で走れるように頑張れよ」
多少は手を抜いても良いぞと言ってくれることを期待していたが、永野先生は笑顔で厳しいことを言う。

「綾子、飴と鞭の使い方が無茶苦茶ね」
由香里さんが私達をみて苦笑いをする。
「ですよねぇ」と私は相槌を打ちながら、バックからサンドイッチを取り出した。

800mを全力で走るとお腹が空いて来たのでお昼御飯用に買っていた分をひとつ食べ始める。大好きなトマトサンドだ。

「ちょっと聖香。なにしてるのかな」
一口目を口に含むと同時に、晴美が私の頭を軽く叩いて来た。

含んでいた分をもぐもぐとしてから「いや、お腹空いたからサンドイッチを食べてるんだけど」と晴美の問いに答える。

「それは見たら分かるかな。私が言いたいのは、もうすぐ北原先輩と紗耶の3000mが始まるのだけど……ってことかな」
晴美が笑顔で指差す先に眼をやると、3000mの3組目を走る選手がスタートラインに並び始めていた。

それを見て私は慌ててサンドイッチを頬張る。
どうも思った以上に、ダウンで時間を消費していたようだ。

「まったく澤野は……きちんと見とけよ」
「すいません。しっかり応援します」

「そう言うことじゃなくてだな……。いや、それも十分にあるんだが。この3組目に出ているメンバーがほぼ間違いなく高校駅伝で1区に来るからな」

永野先生がプログラムを広げ、私にそのメンバーを教えてくれる。城華大付属の宮本さんは前の県総体で見た。他にも聖ルートリア、泉原学院、上河内高校などいくつかの高校名をピックアップして行く。確かにそのメンバーも、総体の時に見覚えがあった。

「それにしても綾子先生。なんで久美子と紗耶がこの3組目なんですか?」
オーロラビジョンに映った出走リストを見ながら、葵先輩が疑問を口にする。

「ひとつには3000mで記録を出してもらいたいからだな。それには自分達より速い人間が多い方が良いだろう。それと、強豪校に対して恐怖心を持たないためにも、あえてこの組にしたと言うのもある。駅伝でいきなり対戦するより、一度でも対戦しておけば気持ちも違うだろうし。だから2人には、遠慮なくガンガン行って来いと言っている」

あと一ヶ月半もすれば駅伝本番。
駅伝部の私達にとって、まさにそれが部の目標と言っていいだろう。
永野先生も色々と考えているようだ。