風のごとく駆け抜けて
ピストルが鳴って一斉に選手がスタートする。
最初からかなり速いペースでレースが推移する。
スタートしてすぐに先頭に出たのは、城華大付属の宮本さんだった。
県総体の時とは違い、最初から自分でレースを作る。
その後ろに藍子と城華大付属の桐原さん。
聖ルートリア、泉原学院などの選手が集団で付いて行く。
久美子先輩と紗耶は、前から12番目辺りを2人で競うようにして走っている。
2人ともあえて自重することなく、最初から積極的に走る。
久美子先輩は腕をしっかりと振りながら、一歩一歩をダイナミックに蹴り出している。対照的に紗耶は、歩幅を小さくして小刻みに脚を動かし、早いリズムで動いていた。
普段は一緒に練習するので、なかなかみんなの走りを見ることが出来ないが、こうして見ていると、久美子先輩も紗耶もずいぶんとしっかりと走れていた。
レースは城華大付属の宮本さんを先頭に7人の集団が1000mを通過する。
ちなみに城華大付属の3人全員がこの集団の中にいた。
「聖香。1区で加奈子先輩と走ってどれくらいの差で行けそう?」
レースを応援しつつ葵先輩が私に突然質問して来る。
しかし、その答えを出すのは非常に難しかった。
なぜなら、私と宮本さんの実力を比べる基準が無いからだ。
「どうでしょうね。正直、やってみないとなんとも言えませんが……。私と総体で2位だった城華大付属の山崎藍子が同じくらいでしょうから……」
私が言葉を選びながら言うと、私の斜め前で観戦していた永野先生が笑いながら後ろを振り返って来た。
「澤野、面白いことを言うな。大和、澤野が今この1組目にいたらどの辺を走ってると思う?」
まるでクイズでもしてるような軽いノリで永野先生が質問をして来るが、当てられた葵先輩はもちろんのこと、問題にされた私にさえ答えることが出来なかった。
「城華大付属の山崎藍子と同じって言うくらいだから、プラスマイナスを考えても、やっぱり先頭集団の中盤くらい?」
永野先生の左側に座っていた麻子が、少々自信なさげに回答をする。
「まぁ、あくまで私の見立てだがな。今の澤野がこのレースに出てたら、普通に先頭を引っ張ってるな」
誰もが、その一言に半信半疑だった。
正直、言われた私ですら信じられない。
「お前ら、自分達の力をどれだけ過小評価してるんだ? もう少し自信を持てよ。都大路出場は別に届きもしない遥か彼方の夢じゃ無くて、割と現実的な目標だぞ。だいたい、私が指導していて、走れないわけないだろ?」
その永野先生の熱い言葉とは対照的に、冷めたため息を吐く由香里さん。
「いや、その言い方は逆にみんなが不安になるって」
「え? 本当に今年の駅伝も絶対いい所で走れると思うんだけど」
「綾子、根本的に分かってないわね。あなたの実績と指導力に関係性が無いって言ってるの。もちろん、実績は知ってるわ。でも指導力はこれから駅伝で生徒が結果を出して初めて付いて来るもんでしょ。それに生徒達も、自分の力が具体的に分かった方が良いんじゃない?」
由香里さんの一言に永野先生が微妙に不満そうな顔をする。
由香里さんが私の後に座っているので、私を挟んで行われるやり取りに、少し居心地が悪かった。
「なんか由香里に正論を言われるとすごく悔しいわね。胸が大きいくせして」
あきらかに負け惜しみを言う永野先生。
いや、胸はあまり関係無い気がするが。
そりゃ由香里さんはかなり大きいですけど。
「それより、応援の方が今は大事ですよ。ほら、北原先輩が1500mを通過しましたよ」
晴美が私達全員に対して、子供を叱るような声で言う。
永野先生を含め全員が、素直に応援に戻る。
晴美には保育士などの才能があるのかもしれない。
言い変えれば、私達は思いっきり子供と言うことだ。
「まぁ、由香里の言うことはもっともだな。確かに具体的に示してやるべきか」
永野先生は独り言のようにつぶやいていた。
半分の1500mを過ぎた時点で、久美子先輩は10位に順位を上げる。
相変わらず腕をしっかりと振って、脚を大きく前に出している。ここまで走ってストライドが落ちないのは、素直にすごいと思った。
「やっぱり北原は走りが違うな。腐っても鯛ってやつか」
「いや、綾子先生……。そのことわざ、使い方間違ってますから」
葵先輩の一言に永野先生は、なんで? と言いたそうに首を傾けていた。
紗耶は先ほどと変わらず12位を走っている。
久美子先輩とは10mくらい差が開いたものの、小刻みに脚を動かし、懸命に前を追っていた。
晴美に聞いてみると紗耶のペースが10分を少し切るくらい。
このままいけば、紗耶自身初となる9分台だ。
相変わらず宮本さんが先頭のまま、2000mを通過する。
先頭集団は城華大付属の3人と、聖ルートリア、泉原学院の選手を合わせた5人になっていた。
城華大付属以外の選手は総体の時にも先頭集団を走っていた人達だ。
きっとこの2人も1区にエントリーしてくるのだろう。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻