風のごとく駆け抜けて
駅伝部の模擬店に戻るとみんなが大爆笑していた。
「今日から聖香のあだ名は女王様かな」
「あ、女王様。お疲れでしょう。なにか飲まれますか?」
からかう晴美と麻子の頭を軽くポカっと叩いておく。
「いやぁ、かなり笑わせてもらったんだよぉ」
紗耶は笑いながらもしっかりと携帯で私を撮っている。
よく見たら久美子先輩まで。
もう、反論する気も起きなかった。
その時、ステージからアナウンスが流れる。
「みなさん。今から行う大食いコンテストにまだ空きがあります。我こそはと思う方。ステージまでお願いします。ちなみにケーキの大食いですので、甘いものが大好きな女性……と言うと同時に、女性の方が参加表明です」
今の今まで横にいたはずの葵先輩が、一瞬のうちにステージまで移動していた。
大食いコンテストの参加者は全部で9名。葵先輩は紅一点だった。
しかも他の参加者は野球部が2名、柔道部が3名、サッカー部が2名、水泳部が1名、体育教師が1名と、みんないかにも大食いが得意そうな体型をしている。
「これは可哀想に」
「でも、あおちゃん先輩が勝手に参加したんですよぉ」
久美子先輩の一言に、紗耶がため息交じりに反論する。
確かにいくら葵先輩が大食いでもそれは女性の中での話であって、同年代の男子などと比べると……。
「いや、可哀想なのは男子。葵の圧勝」
私達1年4人は驚いて久美子先輩の顔を見る。
そして、それはすぐに現実のものとなった。
「さぁ、ケーキの大食い30分一本勝負。なんと駅伝部から参加の紅一点、大和葵さん。3ホール目に手を付け始めます。まったく手を止めることなく、ひたすら食べ続けています。自己紹介の時に甘いものが大好きと言っていただけあって、ペースが落ちる気配がありません。さぁ、男子生徒に舟入先生も頑張ってほしい。2位は柔道部2年の富山君か。しかしそれでもまだ2ホール半。すでにトップを独走している大和さんとは半ホールも差がついてしまっている。それにしても直径15センチある5号のホールケーキ2つが、いったい大和さんのどこに収まっているのか。まさにすごいの一言です」
司会者がかなり興奮気味に解説をしていた。
葵先輩の大食いを何度か見たことある私達ですら、あっけにとられる。
司会者の説明によると、5号のホールケーキがだいたい4人から6人用の大きささらしい。
これが葵先輩の真の実力なのだろうか。
「これで体重が大幅に増えたら、大和はしばらくロングジョグだな」
永野先生は葵先輩を見ながら苦笑いしていた。
結局、この試合は葵先輩が1人で4ホール半食べ圧勝。
「まさに圧勝でした。駅伝部の大和さん、一言お願いします」
司会者が机に座っている葵先輩にマイクを向ける。
すると葵先輩は目の前にあるケーキを指さして「もったいないんで持って帰っていいですか?」と、素で聞いていた。
その一言に司会者も言葉が出ないようだった。
お土産を手に、葵先輩が駅伝部の模擬店に帰って来る。
「せっかくだから、今食べちゃうわね。その間、お店よろしく」
「それは困るかな。今からお店が大変なことになるのに」
晴美が止めようとするが、葵先輩はあっと言う間に、どこかに行ってしまった。
「てか晴美? なんで忙しくなるの? まだ昼前だし大丈夫じゃない」
私が晴美に聞くと、ものすごく冷たい顔をされた。
「忙しくなるのはどう考えて聖香のせいかな。まぁ、売上アップに繋がるからいいんだけど。と、言うより聖香。頑張ってね」
最初はその意味が分からなかった。
しかし、すぐに身を持って理解出来た。
駅伝部の模擬店にお客が殺到し始めたのだ。
それも私目当てで……。
私と写真を撮りたいと言う人。
握手を求めて来る人。
サインを求めて来る人。
後から後からどんどん人がやって来る。
あまりの人だかりに収集がつかなくなり始めた時だった。
「はいはい。お前ら、駅伝部のお好み焼きを1枚買うと、澤野とツーショット写真。2枚買うと握手が。3枚買った人にはサインを付けるから列になれ」
永野先生がとんでも無いことを言いだす。
いくらなんでも、それは反発が出るだろうと思ったが、押しかけた生徒は誰も文句を言うこと無く、さっと列を作る。
そして、お好み焼きが飛ぶように売れて行った。
晴美が半泣きになりながら野菜を切り、久美子先輩と紗耶が必死に焼いて行く。
麻子は半分パニックになりながらもレジを行い、戻って来た葵先輩が、皆のサポートに回る。
あまりの売れ行きに永野先生は近くのスーパーへ野菜や肉などを買出しに出かける。
ただ、大量に買って帰るもそれすらあっと言う間に無くなり、再度買出しに行く始末。
その間、私は手伝いたいと思いながらも、握手をして写真を撮って、サインをしての繰り返し。
本当はミス桂水が終わったら制服に着替えようと思っていたのだが、そんな暇も無く、結局その時もスクール水着に制服のブラウスのままだった。
ようやく客足が落ち着いたのは14時頃。
もうすでに、みんなくたくただった。
晴美にいたっては、「野菜を切りすぎて手が痛い」と悲痛な声を上げている。
「実家に野菜用の電動スライサーがあるから、明日持って来てやるよ」
晴美は永野先生の提案を聞いて、安堵のため息をつく。
「もう今日は模擬店を閉めましょう。正直、売り上げも目標金額の3倍に達しているもの」
葵先輩の提案に誰もが頷く。
「まさに聖香効果。明日もその格好でよろしく」
「え? やっぱりこの格好じゃないとダメですか」
久美子先輩の要請に抵抗してみるものの、反論はいっさい受け付けてもらえなかった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻