風のごとく駆け抜けて
「さぁ、現在5位の城華大付属の永野綾子が3キロを通過。手元の時計で3キロの通過が9分10秒。永野の自己ベストが9分6秒ですので、これはほぼベストと変わらない走りと言うことになりますよ? 解説の橋本さん!」
「これは驚異的としか言いようがないですね。このままのペースで走り切れば5キロが15分15秒……大幅な区間記録更新です。それと先頭と随分差が縮まったのではないでしょうか」
「そうですね。先頭の熊本代表、鍾愛女子の井村が3キロを9分40秒でしたから、この3キロで30秒詰めたことになります。けして井村のタイムが遅いわけではありません。これは素直に永野を褒めるべきでしょう」
ここで映像が永野先生のアップに切り替わった。
若干、表情がきつくなっていたが、それでもペースを緩めること無く、永野先生は走り続けていた。
「こちら第2移動です。城華大付属永野、また1人抜きまして、これで単独4位。さらにもう目の前には2位3位の選手が迫って来ています」
「こちら、先頭を追う第1カメラの映像ですが、すでに第2移動車が見える位置に来てますね。先頭を行くのは熊本代表鍾愛女子。その80m後方に2位3位の選手が映っていますが、そのさらに後ろ、第2移動車と蛍光オレンジのユニホーム、4位の城華大付属、永野の姿も見えています。さぁ、残り2キロを切って、レースはどのように動くのでしょうか」
本当に永野先生の走りはすごかった。
この時、永野先生が高校3年生。私が後2年経って同じ高校3年生になった時に、果たして同じ走りが出来るのだろうか。
そもそもこの時の先生は何を思って走っていたのだろう。
やはり、優勝を目指していたのだろうか。
それとも、4区であったブレーキを帳消しにするためだろうか。
こればかりは、本人に聞いてみないと分からないし、聞いてみたいとも思った。
「さぁ、ラスト1キロでついに城華大付属が2位集団に追い付きます。追いつきますが、まったく眼中にないと言った感じで、あっさりと抜いて行きます。これで山口県代表城華大付属が単独2位に上がりました。先頭との差はわずかに10秒。この勢いで行くと追い付きそうだ」
アナウンサーが言う通り、永野先生はじわじわと先頭との差を詰めて行く。
まさに驚異的としか言いようがない。
その走りを目の当たりにして、私は寒気すら感じ始めていた。
「さぁ、先頭がトラックに戻ってきました。そして、それとほぼ同時にトラックに戻って来たのは2位の城華大付属永野。ここからトラックを500m走ります。と、ここでついに永野が先頭に追い付く。城華大付属永野、鍾愛女子井村、両者が一歩も譲らないと言った感じで並走しています」
合宿の時に教えて貰ったので、結果は知っている。
それでも、目が離せない。結果がどうこうでは無い。
永野先生の走りから目が離せないのだ。
両者の並走はラスト200mまで続き、そこから永野先生がラストスパートを仕掛けた。
その走りは、あのペースでここまで走って来て、いったいどこに力が残っているのかと、問いたくなるくらいに、ものすごいラストスパートだった。
当然、相手もまったく付いていけず、大きく離されることとなる。
「これはすごい。まるで200m走だ。井村まったく付いていけません。これはもう優勝は間違いないでしょう。昨年悔し涙を飲んだ山口県代表城華大付属高校。順調に思われたレース、まさかの4区アクシデント。しかしそれを帳消しにして、なお余りある永野のこの走り。さぁ、両手を上げて笑顔でゴール。タイムは1時間7分13秒。城華大付属高校初優勝!」
アナウンサーがそう言った直後、永野先生はその場に倒れ込んでしまう。
役員が慌てて駆けつけ、先生を運んでいく。
どうも力を使い切ったようだ。
それを心配しながらも、アナウンサーは今の永野先生の区間タイムが15分18秒で大幅な区間記録だと興奮気味に言っていた。
向こう20年は破られることのない記録だろうと解説を付け加えて。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻