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風のごとく駆け抜けて

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「なぁ、唐突に聞くけど、今の女子3000m山口県高校記録保持者って誰だか分かるか」

その質問に私達はみな顔を見合わせ、首を傾げる。
そんなことあまり気にしたことも無かった。
まずは自分たちが走るのが精一杯といった感じだったからだ。

「確か入来さんって人が昨年出していたかな」
「さすが佐々木だな。良く考えたら、県総体の時に一番プログラムを見てたのは、お前だもんな」

永野先生に褒められて「やったね」と子供のように晴美は喜ぶ。

「じゃぁ、その前は誰が持っていたか知ってるか」
「今が分からないのに、その前は無理ですよぉ」
紗耶の一言に誰もが頷く。

「まぁ、それもそうか」
永野先生は、ちょっとだけ寂しそうな表情をする。

そんな表情のまま、先生は先ほど取り出した書類の中から、何かの大会プログラムを見つけ出し、私達に差し出す。

「それ、2年前の県総体のプログラムだ。それの女子3000mを見てみな」
それだけ言うと、永野先生はなんだか気まずそうに俯いてしまう。

プログラムを受け取った葵先輩を中心に、みんなが体を寄せ合いながらそのページを開く。

そして、誰しもが驚きの声を上げる。

『県高校記録 9分06秒37 永野綾子(城華大付属) 全国高校総体』

この状況を青天の霹靂と言わずして何というのだろうか。

確かに、普段の言動や練習メニューから、なんとなく陸上経験者であるだろうとは予測していた。

だが、ここまでの選手だったとは全くの予想外だ。

「あの。この時のインターハイの成績ってどうだんですか?」

「ああ。2位だ。ちなみに1位は今年の世界陸上マラソン代表の水上だ。と言うか、実業団時代、水上と部屋が一緒だったんだがな」

「え? 実業団?」
私の口から思わず言葉が漏れた。

なのに今は桂水高校で教員。
いったい先生の過去に何があったというのだ。

「順を追って説明した方が早そうだな」
永野先生の一言に全員が大きく頷く。
「私が陸上を始めたのは中学の時だ。中学は県で4位が最高だったんだが、阿部監督が誘ってくれてな。迷わず城華大付属に入ったよ。私が入ったころは、駅伝での全国制覇を目標として掲げててな。本当に毎日走ってばっかりだった。レベルも高かったしな。でもそのおかげで、がむしゃらに練習していたらいつのまにか個人ではインターハイ2位になれるまで成長していた。駅伝も苦難はあったが、私が3年の時に全国制覇出来たし。ほら、これが証拠」

永野先生が広げたファイルには陸上雑誌の記事がファイルしてあった。

両手を上げてゴールテープを切る永野先生の姿がカラーで映っていた。
そのユニホームは今と変わらない蛍光オレンジの姿だった。

「私の陸上人生は事実上ここまでだったけどな」
ファイルを見ていた私達はその言葉に一斉に顔を上げる。

「いや、そんなに反応するなよ。高校の時に無理しすぎたのもあるのかも知れないが……。実業団に入って数年したら腰を壊したんだよ。それでも騙し騙し走ってたけど、結局いい結果が出なくて。9年前に事実上の解雇だ。当時はショックでな。辞めて山口に戻って来て、阿部監督のところにふらっと行ったら、『永野はキャプテンとして面倒見も良かったし、教師なんかが良いんじゃないか? 監督として都大路をもう一回目指してみてはどうか?』って言われてさ。なぜかものすごくやる気が出たんだ」

そう言いながらフッと永野先生笑っていた。

「でも、高校時代走ってばっかりだったから、大学に受かるまで3年もかかったよ。学費が安いから国立の教育学部に行こうとしたせいもあるがな。まぁ、おかげで3年間のバイト代と実業団時代の貯金、それに奨学金で大学の学費を払えたがな。それで大学に入ってからはもう普通の学生。陸上部とかにも入らなかったし、友達と飲み会やってバイトして、試験の前には慌てて勉強して。教員免許は一発で合格。そして、昨年から高校教師として桂水高校に赴任、現在にいたるというわけ」

そこまで話をして、永野先生は大きく息を吐いた。

「え? 綾子先生って、まだ教員2年目なんですか」
「そうだぞ。なんだ? 大和知らなかったのか? 確かお前と北原が生物研究会に入った時に説明したと思うが」
北原先輩も聞いて無いと言わんばかりに首を横に降る。

「まぁ、いいや。と言うわけで、私の話は終わりだ。明日も早いんだしもう寝ろ。と言っても明日は楽しい午後練が待ってるがな」

その一言に私以外のメンバーは目を輝かす。