風のごとく駆け抜けて
合宿2日目、朝起きてみんなでウォーキングをして体をほぐす。
今日はスピード練習がメインとなっていた。
「さっさと今日の練習を終わらしてやる。どんな練習でもかかって来なさい」
「まぁ、練習メニューは全部分かってるけどねぇ。それに、あさちゃんのセリフじゃないけどぉ、ひとつひとつの練習に集中しればどうにかなるんだよぉ」
麻子は練習前から俄然やる気をみせていた。
どうも逆境には強いらしい。
紗耶はどうにかなると、あまり深く考えないようだ。
だが、この時点で気合いが入り過ぎたのか、2日目終了時には麻子が一番ぐったりしていた。
「こら、麻子。体洗いながら後ろに倒れたら、頭打って死ぬわよ」
みんなでお風呂に入り、体を洗っている最中でも、麻子は船を漕ぎ眠たそうにしていた。
「陸上の合宿って思ってたのと違う。てか前から思ってましたけど、永野先生ってなんであんなに陸上詳しいんですかね。経験者でしょうか? 先輩方知ってますか?」
フラフラしながら湯船につかり、思いっきり脚を伸ばして天井を見上げながら麻子が悲鳴を上げるような声で喋る。
その声がお風呂中にこだまして、まるで麻子の声が心の中まで響いてくるような感じがした。
いや、現に麻子の一言は私が常々思っていたことではある。
なかなか永野先生本人には聞けなかったのだが。
「実はうち達もあまり知らないのよね。詳しく聞こうと思ったこともなかったし」
「自分は最初から興味がなかった」
先輩方もやはり知らないらしい。
「じゃぁ、今日思い切って聞いてみませんか。別に悪いことでは無いですよね。嫌なら永野先生もそう言うでしょうし」
「だよねぇ。それが良いと思うんだよぉ」
麻子ばかりか、紗耶まで積極的になる辺り、2人とも興味はあったのだろう。
ミーティングの時に麻子が話を切り出すと言うことで話はあっさりまとまった。
「と言うわけで明日の予定は以上だ。他に質問はあるか」
ミーティングの最後で永野先生が私達を見る。
それを待ってましたとばかりに、麻子が手をあげながら元気に返事をする。
まるで授業中の小学生のようだ。
「前から疑問に思ってましたけど、永野先生って陸上経験者なんですか?」
「はぁ? どうした湯川。突然……」
突然の麻子の発言に、永野先生は困惑気味だ。
「これは麻子と言うよりは、全員からの質問なんですよ。綾子先生」
座ったまま体を前のめりにしながら、葵先輩が永野先生に迫る。
その一言のあとにしばらく沈黙があった。
「そうだな……。別に黙っていようとしたわけではないのだが……。ただ、わざわざ話す話でも無かったしな。まぁ、私自身のことを知ってもらう良い機会なのかもな」
永野先生はちょっと困ったような顔をして、その場を立ち、自分が持って来ていたファイルから色々と書類を取り出して始めた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻