風のごとく駆け抜けて
地獄の夏合宿始まる
毎日必死で暑さと戦っていたら月日がいつの間にか進んでおり、気が付けば後一週間もすれば夏休みとなっていた。
「夏休み。素敵な響きかな」
「高校生になっても、やっぱり夏休みは良いもんだよぉ」
まだ一週間先と言うのに、晴美と紗耶のテンションはすでに限界近くまで上がっていた。
まぁ、私も麻子も似たようなものではあったが。
そんな私達を見て永野先生がにこにこしている。
その笑顔がすごく不気味に感じる。
「そんなお前らにもっと楽しくなれるイベントを用意したぞ」
それだけ言ってみんなにプリントを配り出す。
一番最初に貰った葵先輩が「うわっ」と悲鳴を上げた。
紗耶にいたっては「嫌!」とあきらかに拒否反応。
いったいなんなのだ。
そう思い一番最後に貰った私がその紙を見ると……、『夏合宿の説明』と言う文字が真っ先に眼に入った。
期間は夏休みに入った次の日から4泊5日。
しかも、場所が学校だ。夢も希望もあったものじゃない。
桂水高校は正門横に桂水高セミナーハウスと言う2階建ての建物があり、部活動の宿泊施設としても使用出来るようになっている。
さらにプリントの説明は続く。
見るだけで震えが来そうな練習メニューが平然と書かれている。
「逃げ出したい」
そうつぶやく久美子先輩の眼は真剣そのものだった。
「合宿? 上等じゃない。返り討ちにしてやる」
麻子にいたっては、親の仇でも取りに行きそうな勢いだ。
「そうそう。それに書き忘れたんだが、合宿中の食事は私と佐々木で準備するから」
全員が一斉に驚きの眼で永野先生を見る。
「な、なんだよ。言っておくが料理は出来るぞ。今だって1人暮らしで毎日作ってるし」
私達に驚かれたのが相当不満だったのか、永野先生はちょっとだけ拗ねていた。
まぁ、でも考えようによっては5日間走ることだけに集中出来るのは、ある意味幸せなことかもしれない。この時は確かにそう思っていた。
合宿初日、先週貰ったプリントに太字で『各自、自転車では来ないこと』と書かれていたので親に車で学校まで乗せてもらい、学校へとやって来る。
さっそく宿泊所に荷物を入れ、グランドに集合。
この時点でまだ早朝6時半。
そこからアップをしてロードジョグ開始。
しかも行先は桂水高校の近くににある標高500mの城壁山と言う山の山頂だ。
学校からふもとまで4キロ。
ふもとから山頂まで6キロ。計20キロの道のり。
山道を走り、脚がパンパンになった状態でグランドに帰ってくると、1000mのタイムトライが待っていた。
それが終わると筋トレ。
そこから昼御飯で、暑い昼間は強制的に勉強時間。
私の中で、これが地味にきつかった。
午後練は、15キロのペース走だった。
練習が終わり、合宿所に戻って来ると、全員ぐったりして倒れてしまう。
「ほら、大和。そんな所で寝てると風邪引くぞ。北原もだ。お前ら、まだ初日だぞ。まったく。それより、晩御飯が出来たから運ぶのを手伝え。はいはい! 起きる! 起きる! 湯川! 藤木! 澤野! お前ら一年が率先して動け。てか、3人ともまずは起きろ」
あ……、なんか今名前を呼ばれた気がした。
「みんな晩御飯いらないのかな」
晴美が不安そうに私達がいる部屋を覗きに来た。
そうだ、せっかく晴美が作ってくれたのだし、しっかり食べないと。
そう思いながら起き上り、配膳をおこない、いざ晩御飯となったのだが……。
ほぼ全員、箸があまり進んでなかった。
「お前ら、一応確認するが。練習がきつくて食べられないんだよな? 私の味付けに不満があるわけではないよな?」
永野先生が不安そうな顔で私達に必死で聞いてくる。だが、あまりのきつさにみんな返事を返すことが出来ず、それが結果として先生を余計に不安にさせていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻