風のごとく駆け抜けて
桂水市内駅伝の一ヶ月後に行われた県中学駅伝で、県3位になった私達の中学からすれば、桂水市内駅伝で優勝するのは容易いことだった。
現に、6区間中5区間で区間賞を取り、大幅な大会新で優勝した。
唯一区間賞を取れなかったのが私だった。
その年は1500mで県中学ランキング1位で優勝、県中学駅伝でも区間賞を取ったのに桂水市内駅伝では区間2位だったのだ。
決して私が油断していたわけでは無い。
私の記録ですら、従来の区間記録を3秒更新していた。
相手が速かったのだ。
しかも、後から顧問の先生に聞いた話によると、区間賞を取った子はバスケ部だと言う。
さらには、駅伝を体操服で走っていたと言うのだ。
名前は湯川麻子。
そう、つまり今私の目の前にいる人物その人だ。
「誰だか分かってくれみたいね」
もしかしてまた顔に出ていたのだろうか。
言われて私は素直に頷く。
「分かってくれたところで、ちょっとあたしと来てくれる?」
言うと同時に、湯川麻子は私の手を無理矢理引っ張って行く。
向かった先は、なんと駅伝部の机だった。
「4人目連れて来ました」
湯川麻子が明るい声を出し、机に座っている2人に向かって元気よく手を振る。
「えっ。もう連れて来たの」
向かって左側に座っている生徒が驚きながら、急いでその場に立つ。
「初めまして。女子駅伝部部長の大和葵です。こっちは副部長の北原久美子。あなたの名前は?」
「澤野聖香です」
言った直後にしまったと思う。
駅伝部と言うことは、もしかして私の名前を知っているのではないだろうか。
でも、私の名前を聞いた後も、大和葵さんは表情ひとつ変えること無く淡々と喋る。
どうやら杞憂だったようだ。
彼女の説明によると、この駅伝部は学校の規則で決められた部活としての最低活動人員である5人に達していないため、まだ正式な部で無いことが分かった。
今現在の部員は、目の前にいる大和さんと北原さんだけのようだ。
なるほど。だから説明会の資料になかったのか。
「と言うわけで分かった? そう言うことだからよろしく」
説明が終わると同時に湯川麻子が私の肩を叩く。
つまり、私に入部しろと言っているのだろうか。
「それでは、あたしは最後の1人を捕まえてきます」
違った。湯川麻子の中で、私はもう入部したことになっているようだ。
「ちょっと待ってください。私、部活には……」
「あのぉ。駅伝部に入りたいんですけどぉ」
必死で断ろうとする私の一言に、後ろから別の声が被さる。
後ろを振り返ると1人の生徒が立っていた。
いきなりのことで、駅伝部の先輩も私も湯川麻子も思わずその生徒に見入ってしまう。
「あ、あの。わたし1年2組の藤木紗耶といいます。中学でも陸上部でした」
見られたことで自分が何かおかしかったと思ったのだろうか。
藤木紗耶と名乗る生徒は、あたふたとしながら必死で自己紹介と入部の意志を口に出す。
「ねぇ、久美子。5人そろったわよ」
「みたいね……」
「だから、なんでやる気なさそうなのよ。部になるのよ」
「前にも言った。自分はそう言うの興味ない。葵が熱心に活動するから付き合っているだけ」
なんとも対照的な2人だ。
「あのぉ、5人ってなんのことですかぁ」
話にまったくついていけない藤木紗耶が首を傾げていた。
まぁ、当然の反応だろう。
湯川麻子が説明を始める。だが、待って欲しい。
もう私が入部したこと前提で話が進んでいる。
大和葵さんのあの喜びよう。
あの笑顔を壊してしまうのは忍びない。
それでも私は言わなければならなかった。
「待ってください! 私、駅伝部に入るなんて一言も言ってません。そもそも、もう私は走れないんです!」
自分でもビックリするくらい大きな声だった。
駅伝部の机の周りにいた4人はもちろん、他の部活に集まっていた周辺の人達までもが私に注目する。
その視線に私は気まずくなってしまい「ごめんなさい」と言いながら、後ろを振り返ることなくその場を逃げ出してしまった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻