風のごとく駆け抜けて
入学式の翌日。
クラスでのオリエンテーションも一通り終わり、放課後に体育館で部活紹介が行われる。
体育館には部活ごとに机が並べられ、それぞれに部活ののぼりが立っており、先輩方が座っている。
新入生は自分の興味がある部活の場所へ行き、先輩方から話を聞くと言う方式だ。
同じクラスの子は「まるで大学生の就職活動だよね」と笑っていた。
「聖香。私、美術部を見て来て良いかな」
体育館で合流した晴美が遠慮そうに尋ねて来るので「良いわよ。私、入口の側で待っているから」と笑顔で送り出す。
放課後に行われると言うことで、終わればそのまま今日は終了。
各自、帰宅しても良いと言うことになっていた。
ただ、部活に入る予定の無い生徒も強制参加。
30分たったら帰っても良いと言う決まりになっている。
つまり、部活に入る気の無い……。
いや正確に言うと入れない私にとって、今の時間は晴美が帰って来るのを待つ、ただの退屈な時間でしかなかった。
暇つぶしに体育館の壁にすがりながら、何気なく中の様子を見つめる。
山口県東部に位置する桂水市。
瀬戸内海に面したこの市は石油コンビナートや鉄鋼業により発展し、今や人口は18万人。
そんな市の中心部にある桂水高校。
各学年とも理数科1クラスと普通科7クラス。3学年で計24クラス。
生徒数は全校で840人近くになり、県内でもかなり大きな学校だ。
生徒数が多いと当然部活の数も多くなる。
現に、私の目に映るだけでも多くの部活があった。
バスケット部・バレー部・公式野球部・卓球部・吹奏楽部・茶道部・女子駅伝部(仮)……。
「えっ」
思わず私は声を出してしまう。
女子駅伝部? だってこの学校には陸上部は無かったはずだ。
自分自身、そのことは学校説明会の資料で確認していた。
いや、陸上部と駅伝部は違うのだろうか。
そもそもよく見ると駅伝部の後ろに『(仮)』と付いている。
心の中でとある感情が湧きあがるのを感じる。
その正体は確認するまでも無かった。
自分の中で必死に押し殺そうとしていた、走りたいと言う気持ち。
叶わないと分かっていてもあきらめきれない思い。
私は俯きながら深呼吸をして、理性でそれを押さえつける。
どうせ結果は分かっている。
父には逆らえない。
思うだけ無駄だ。
そう何度も自分に言い聞かせる。
陸上部そのものが無ければあきらめもつくと思ったのに。
こんな形で一瞬でも心が揺らいでしまうなんて……。
もしかしてこれから3年間、ずっと駅伝部を恨めしそうに見ながら過ごさなければならないのだろうか。
それは非常に寂しいことだ。
そんなことを考えていると視界が薄暗くなった。
自分がそんなにも落ち込んでいるのかと思ったが違ったようだ。
視線を上げると、目の前には私より少しだけ背の低いミディアムヘアの女子生徒が立っていた。胸に付けた校章の色から同じ1年生だとすぐに気付く。
「あなた、澤野聖香よね」
その生徒にいきなり尋ねられ、私は反射的に頷く。
相手は私のことを知っているようだ。
でも……。
「あたしのこと、誰だか分かってないのね……」
どうも私の気持ちは表情に出ていたようだ。
「まぁいいわ。湯川麻子。この名前、聞き覚えある?」
そう言われた瞬間、私は昨年の桂水市内駅伝を思い出した。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻