風のごとく駆け抜けて
ただ、雨宮桂は紘子とは随分違った道を歩んでいる。
紘子同様、雨宮桂も高校卒業後、実業団へと進む。
が、わずか九ヶ月で辞めてしまった。
実業団で走ったレースは全日本実業団女子駅伝のみだ。
紘子が言うには「この九ヶ月ではっきりと分かった。私に実業団は向いていない!」と言って、周囲の反対を押し切り、あっさりと辞めたのだと言う。
その後は市民ランナーとして、マラソンに出場し、2時間28分30秒と言うとんでもない記録を出しあちこちの実業団から再度誘いが来たが、そのすべてを断り市民ランナーとして競技を続けている。
ちなみに当時は、史上最強の市民ランナーとして、全国的にもかなりの有名人となっていた。
朋恵は私が卒業した後からがすごかった。
走る度に3000mの記録を更新していたが、それは朋恵が卒業するまで続いていたようで、3年生の時には県駅伝でレギュラーとして2区を勝ち取り、城華大付属を破り区間賞を取ってしまった。
さらには学力で進学したとある国立大学では、元々陸上部が強く無かったと言うこともあり、気付けばチームのエースへと成長。
長い距離の方が好きだからと、大学2年生で試しに走ったマラソンで、いきなり2時間55分を出し、今度はマラソンを走る度に記録を短縮。
4年生の時に走った人生6回目のマラソンで2時間35分と言うとんでもない記録を作り、実業団へと引っ張られた。
あの朋恵がである。
「それが……。私が今、世界選手権のマラソン代表ボーダーラインギリギリなんですよ」
先ほど朋恵が私にこんなことを言って来た。
まさか朋恵が全国ランキング5位になり、その上世界選手権を狙う様な選手になるとは15年前には想像もつかなかった。もちろん今でも現役バリバリだ。
景色が見える場所まで来ると、夏にしては冷たい風が通り抜けて行った。
やはり高台に位置する分だけ、風も冷たくなるのだろうか。
「あら、澤野さん。どうしたの?」
木陰でお茶を飲んでいた由香里さんが、私に声を掛けて来る。
「いえ。ちょっと景色が見たくなっただけですよ」
私は笑顔で由香里さんに返す。
由香里さんは現在、本業である楽器の演奏と歌に力を入れている。
私も何度か、由香里さんが演奏してるのを、偶然街で見たことがあるし、麻子の結婚式では歌も歌てくれた。
と、由香里さんの隣にいた永野先生が私を見て、「あ、そうだ」と、何かを思い出したように手を叩く。
「そう言えば澤野。来週の合宿の資料、学校のメールに送っておいたから」
「分かりました。月曜に確認しておきます」
永野先生の一言に私は笑顔で返事を返し、景色がさらによく見える高台の一番高い場所へと歩き始めた。
その場所は展望台となっているが、ようはただの東屋に近いものだった。
私は無事に、姉と同じ熊本県にある信徳館大学の理学部へと進学することが出来た。えいりんも約束通り、その大学の栄養学部に合格。
2人して同じ大学で学ぶことになった。
お互いの合格が分かると、「約束通りルームシェアしようよ」とえいりんが持ちかけてきた。
親に聞いてみるとあっさりと了承してくれ、部屋は地の利があるえいりんが探してくれた。
大学4年間は本当に楽しかった。
一度、えいりんと大喧嘩になり私が家出をしたこともあったし、藍子が私達の部屋に遊びに来たこともあった。
清水千鶴にいたっては年に5回くらい遊びに来ていた。
と言うのも、千鶴は水上舞衣子さんがコーチを務める熊本の実業団に引っ張られ、高校卒業と同時に熊本にやって来ていたのだ。
それを知ったのは大学1年の4月中旬頃だったが。
ちなみに清水千鶴は、今でもその実業団に在籍している。
昨年からはコーチ兼任だ。
藍子は城華大付属を卒業後、そのまま城華大に進学した。
永野先生に言われてから気を付けるようになったらしく、貧血が治るとかなり力をつけ、大学4年間駅伝部のレギュラーとしてフルに活躍。
卒業後は5年間実業団で走り続け、引退後に結婚。
なんと旦那さんの職場が桂水市と言うこともあり、藍子まで桂水市民となったのだ。
一昨年には女の子を出産。
最近はスーパーで親子揃って買い物をしているのによく出会う。
「せいちゃん。おはよう」
藍子の娘は私に出会うたびに、そう言ってあいさつをして来る。
「こら、美咲。おはようじゃ無くてこんにちはでしょ。まったく、この子ったらいつでもおはようなんだから」
私に笑いながら言う藍子はすっかりお母さんだ。
いつも「おはよう」と言う藍子の子供を見ると、私が高校生の頃の椎菜ちゃんを思い出してしまう。
倉安さんとは今でも仲が良く、たまに家に遊びに行ったりもしている。
椎菜ちゃんも18歳。
ばりばりの高校生だ。
大きくなると、やっぱり私そっくりになるのかと思ったが、どうやら父方の系統が強いらしく、まったく私とは似ていなかった。
「と言うより、聖香さんと母さんが似すぎなの!」
遊びに行くたびに、椎菜ちゃんは笑いながら言って来る。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻