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風のごとく駆け抜けて

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後、200mほど走れば競技場と言うこともあり、沿道には多くの人がいた。

「桂水高校頑張れ!」
「いいぞ、そのまま逃げ切れ!」
沿道の声は、間違いなく私に力を与えてくれている。

なにより、自分が走っている時に桂水高校と呼ばれるのが妙に嬉しい。

桂水高校に進学することは、自分の中でかなり不本意なことだった。

合格発表で自分の番号を見つけた時も喜びなんて無かった。
入学式の日に晴美と一緒に学校へ向かっていても、夢も希望も感じていなかった。

でも今は違う。

たくさんの仲間に出会えたし、楽しいこともたくさんあった。
悔しい思いもたくさんしたけど、それすらも良い思い出だ。

今は桂水高校へ来て本当に良かったと思う。

だからこそ、この桂水高校で、この女子駅伝部で都大路を走りたいのだ。

その夢が後500mで叶う。

競技場のスタンド下を潜り、私はトラックの中へと入る。100mのスタート地点へと出て来る。

ここから100m走り、トラックを1周すればゴールだ。

トラックの真近くに紘子が立っていた。
私と眼があった瞬間、紘子が大声で叫んで来る。

「聖香さん! すぐ後ろに城華大付属が来てます! 油断しないで!」
私自身のペースが落ちたのか。
それともえいりんがどこかでスパートしたのか。

原因は分からないし、そんなものはいらないと思った。
事実として、えいりんに再度追いつかれた。ただ、それだけだ。

「まったく。楽をさせてくれないんだから。まぁ、だからこそ、えいりんのことをライバルと呼べるのかな」
心の中で考えながら、えらく余裕を持っている自分に失笑してしまう。

後ろからは足音よりも先に、うるさいくらいの呼吸音が聞こえて来た。

私だって前へと進むたびに「ぜいぜい」言っているのに、それでも聞こえて来るあたり、えいりんも相当追い込んでいるようだ。

ラスト400m。
残りトラック1周となったところで、再び私とえいりんは並ぶ形となった。

えいりんは追い付いた勢いで抜かそうと考えていたのだろう。
そのまま私の前へと出ようとする。

だが、私だって簡単に抜かれるわけにはいかない。

並ばれると同時に、えいりんのペースに合わせて私はスピードを上げた。

スピードを上げると同時に、背中と腰に電気が走ったような気がした。
脚だけでなく体中が悲鳴を上げている。

お互い一歩も引かないまま100m走り、再び直線に出る。

今のカーブは私がインを走り、えいりんがアウトコースだった。

でも、次のカーブはどうだろう。
またもや同じ位置取りだと、えいりんにとってはカーブの膨らみ分だけ不利だ。

実際は大した差は無いのかも知れない。
でも今の私達には、ほんの僅かな差が命取りになる。

もしかしたら、えいりんはこの直線で動いて来るかもしれない。
一瞬たりとも油断は出来ない。

自分の呼吸音がかき消されるくらいに、えいりんは「はぁはぁ」言いながら私の横に並んでいる。

直線も後20mで終わると言う時に、冷たい秋風が私達を通り抜けて行く。

冷たい風に当たり、冷静になった私の頭の中である考えが浮かぶ。

これだけ並走していても、一切えいりんは仕掛けて来ない。
ラスト100mまで我慢して最後にスピード勝負に持ち込む気でいるのか。

それとも……。えいりんも体力的に限界で、これ以上は前に出られないのか。

昨年は藍子がラスト200mで先頭に出た。
だったら、今度は桂水高校が先頭に出てやる番だ。

私は地面を蹴る脚に力を入れ、ぐっと前へと出る。
予想したよりも簡単にえいりんの前へと出ることが出来た。

でも油断は出来ない。
昨年私達は1秒差に泣いたのだ。

これからゴールまで200m、一瞬たりとも気を抜くことは出来ない。

自分に強く言い聞かせ、カーブを半分まで来る。

残りは150m。ちらっと右側に眼をやると、3000m障害の水濠がトラックの一番外側に設置してあるのが見えた。

まさか自分が高校新を出したり、日本一になるとは思ってもみなかった。

本当にあれは、高校生活の中でも最高の思い出だ。
でも、それを一番の思い出にはしたくない。
一番の思い出はやはり、都大路出場にしたい。

そのためにも今頑張らなければ。
みんなはしっかりと頑張ってくれた。

その頑張りを確認するかのように、私は肩に掛けたタスキをギュッと握る。

カーブを曲がり、最後の直線に出る。
先ほどと同じように、紘子がトラックの真近くに立っていた。

「聖香さん! 頑張ってください! 後ろ2秒差です!」
紘子の張り上げるような声が、しっかりと耳に入って来る。

と、永野先生までもがトラックの近くまで出て来ていた。

「澤野! 頑張って! 後少しだからしっかり!」
応援してくれる永野先生は、いつもとは違った雰囲気だった。

まるで由香里さんと喋っている時のような感じだ。
それに、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「大丈夫ですよ。永野先生。私は絶対に負けません。だから、そんな泣きそうな顔しないでください」
そう思いながら、永野先生の横を通り過ぎて行く。

残り50m。えいりんの足音は聞こえない。
どうやら差は詰められていないようだ。

風が出て来たのか、ゴールテープがはためいている。

一瞬、先ほどの橋での出来事が蘇る。

「大丈夫。今度は風に負けたりしない。むしろ、私自身が風のごとく駆け抜けてやる」

そう自分に言い聞かせ、残った力を振り絞り、ぐっと腕を振って地面を全力で蹴る。

目の前にゴールが迫って来る。
ついにこの瞬間が来たのだ。

私は左手を高々と上げ、笑顔でゴールを駆け抜けた。