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風のごとく駆け抜けて

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走り出す前は緊張していたが、こうしてタスキを肩に掛けて走り出すと、緊張は一瞬にして消えて無くなり、その代わりに闘志が湧いて来る。

前を見ると、えいりんの背中は思ったより大きく見えた。
まずはえいりんに追いつかなくては始まらない。

だからと言って、一気に追いついてしまうと、体力を無駄に使ってしまい、ラスト勝負で負けてしまう可能性がある。

焦らず少しずつ差を詰めて行けば良い。

幸いにも私の脚はいつも以上に軽かった。
もしかしたら三年間の駅伝の中では、一番調子が良いかも知れない。

ただ、気を付けなければいけないのは、調子が良いのと体力があるのは別物だと言うことだ。

永野先生は「5キロをきちんと走れるだけの体力は戻っている」と言っていたが、この夏に練習をしていなかったことには変わりない。

無駄な体力を極力使わないためにも、落ち着いて走るべきだ。

200mも走ると。えいりんの背中が少し大きくなった気がした。

こんな風に、えいりんの走る姿を同じ目線で見るのは3年振りだ。

昨年、一昨年と熊本の陸上競技場でトラックレースを見たし、テレビで都大路を走る姿も見たが、やはりそれとは見え方がまったく違って見える。

不思議なのは、昨年熊本で感じたように、こうやって後ろから見ても、やっぱりえいりんの走る姿は美しいと思ったことだ。

中学生の時は考えたことすらなかったのに。

でも、ひとつだけ分かったことがある。

昨年の熊本で感じた、「えいりんのあの走りになら負けても良い」と言う思いは、一瞬の気の迷いだったと言うこと。

今の私は、あの時えいりんが言っていた「肩にタスキを掛けて、目の前で私の走りを見た時」そのものだ。

あの時はイメージでしかなかったが、実際にこの状況になってはっきりと分かる。

「絶対に、負けたくない!」
私の心には、その思いしか存在していない。

じわじわとえいりんとの差を縮めながら、もうすぐ1キロ地点と言う所まで来ていた。

間違いなく、えいりんも私が迫っていることに気付いているはずだ。

もしかしたら、私の足音や呼吸音が聞こえているかもしれない。
だが、それ以上に観客からの応援があるのだ。

「城華大付属頑張れ! 真後ろに桂水が来てるぞ」
「頑張れ! 後ろ、すぐそこだよ」
沿道の観客がそう言ってえいりんを応援してるのが、私にもはっきりと聞こえる。

その声を聞きながらも、まったくフォームを崩すことなく淡々と走るあたり、もしかしたらえいりんは追い付かれるのを計算に入れているのかも知らない。

昨年の葵先輩がそうであったように。

「うちは、城華大付属に追いつかれてからが本当のスタートだと思ってたからね。だから追い付かれても焦ることは無かったわね。むしろ、さぁレースが始まるんだ。って感じだった」

昨年の都大路をみんなで見ていた時、葵先輩が言っていたことをふと思い出した。

そう言えば、葵先輩は元気にしてるのだろうか。
3月に別れて以来、一度も会っていない。

都大路に出れたなら、久美子先輩と一緒に応援へ来て欲しいなと思う。

そんなことを考えていると、沿道に1キロの看板が見えてくる。
それと同時に、私はえいりんに追いついた。

追い付くと私は並走することなく、えいりんを抜きにかかる。

だが、えいりんは無理をするそぶりも見せずにすっとペースを上げ、すぐに私の横に並び返して来た。

どうやら、まだまだ体力は存分に余っているらしい。

2人で並走したまま1キロを通過する。

えりいんが腕時計でラップを確認する。
だが、私はそれをしなかった。

と言うより、今回は腕時計を付けていないのだ。

これで3回目の県高校駅伝だが、腕時計をしなかったのは初めてだ。
いや、中学生のころから数えてもこれが初めてだろう。

理由はいたって単純だった。
今回に限って言えば、タイムなんて関係ないと思ったからだ。

他の誰かに区間賞を取られても、チームとして優勝テープを切れればそれでいい。

単純にそれだけの理由だ。

と、時計を確認したえいりんが「はぁ」と短いため息を付いた。
自分が思っていたタイムと実際のタイムが違ったのだろうか。

「市島先輩、ファイトです」
沿道の少し先から、城華大付属の部員がえいりんに声を掛けるのが見える。
お揃いのオレンジ色のウインドブレーカーは、遠くからでもよく目立つ。

その声を聞いた直後、えいりんは何を思ったのか、おもむろに自分の腕時計を外し始め、その子に向かって投げた。

「まぁ、確かにタイムは関係ないよね」
並走しながらえいりんが声を発する。

なるほど、さっきのため息はタイムがどうこうでは無く、私がタイムを確認しなかったことに対するため息か。

その後も私達の並走は淡々と続く。
どちらが前に出るわけでも無く、駆け引きをするわけでも無く、ただ淡々と並走していた。

それはまるで、3年振りにレースで一緒に走れたことを、並走することでお互いが喜んでいるかのようだ。