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風のごとく駆け抜けて

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アップを終え、更衣室へ着替えに行く。
着替え終わって外に出ると、最終点呼が始まる所だった。

「1番、城華大付属」
係員に呼ばれ、えいりんが手を挙げゼッケンを見せる。
えいりんはまだ着替えておらず、手に持ったユニホームを係員に見せていた。

「2番、桂水」
言われて私がロングコートとジャージの前を開け、ゼッケンを見せる。
見せ終わるとえいりんが私の横を通って行く。

「勝負が出来なくてちょっと残念ね」
「どう言うことよ。えいりん」
残念そうに言うえいりんに私は即座に聞き返す。

「このまま行けば4区で差が付くでしょ? 出来ればほぼ同時にスタートしたかったけど。まぁ、区間記録で勝負は出来るんだけどね」

「大丈夫よ、えいりん。今年は私達が絶対に都大路に行くのよ。つまりはどんなに大差があっても追いつくってことだから」

満面の笑みで答えるが、えいりんは返事もせずに更衣室へと歩いて行ってしまった。

まったく、珍しくレース前に話しかけて来たと思ったらこれだ。

中学生の時は、最初戸惑ったものだ。
仲の良かったはずのえいりんが、レース前にまったく目も合わせてくれなかったのだから。

そのレースが終わた後、いつも通りに……。
いやいつも以上に話しかけて来て、レース前だけ話そうとしないのだと理解した。

えいりんを追いかけても無駄と言うことが分かってるので、私も紗耶の所に戻ることにした。

「せいちゃんジャージはどうするのぉ?」
「今から脱ぐよ。預かってもらえる?」
紗耶が頷くと、私はジャージを脱ぎユニフォームの上からロングコートを着る。

「あさちゃん、頑張ってたよぉ。2区が終わった時点でも3秒差のままだよぉ」
紗耶が嬉しそうに2区の様子を語ってくれる。

どうやら麻子は一度差を詰められ、並走する場面もあったものの、中間点を過ぎてからじわじわと藍子と差を広げ、タスキを渡す時には貰った時と同じように、3秒差を付けていたらしい。

「そして今はアリスちゃんが頑張っているんだよぉ」
シートに座っていた紗耶は手を伸ばして、立っている私の顔に携帯の画面を近付けて来る。

「さぁ、3区もラスト500m。先頭を行くのは桂水高校のブレロ。6秒差で城華大付属の工藤が必死に追いかけています。両者懸命の走り」
アリスは3秒ではあるが差を広げていた。
さすがアリス、どんな時でも冷静に落ち着いて走っている。

「でもぉ……。このままじゃまずいよね。4区はきじゆーと、ともちゃんだから……」
紗耶は気まずそうな顔で私を見上げる。

そうなのだ。早朝に麻子が言った通り、朋恵と貴島由香の実力差を考えた時に、他の4人で1人7秒ずつの貯金が必要だ。

つまり3区が終わった時点で21秒近くは差を開けておきたいのだが……。
どう考えてもそれは不可能のようだ。

このまま行けば、私は30秒近いハンディを背負ってのスタートとなる可能性がある。

それもえいりん相手にだ。

大丈夫……。永野先生は都大路で55秒差を逆転した。
それに比べれば。

自分に無理矢理言い聞かせ、必死でやる気を保とうする自分がいるのは分かっている。

と、紗耶の携帯からアナウンサーの叫ぶ声が聞こえてきた。

私は紗耶の横に腰を降ろし、2人で携帯を覗き込む。

「さぁ、先頭で4区にタスキを渡すのは今年も桂水高校。中継所で待つのは、当日変更で4区に入った那須川です。2年生のブレロから同じく2年生の那須川にタスキリレー。今タスキを受け取り、桂水高校が先頭で第3中継所を出て行きます。そして、今年も追う展開となった城華大付属高校。この区間は二年ぶり、3年年生の貴島由香が7秒差でスタート」

携帯から見る限り朋恵は少し緊張気味だった。

でも、それも仕方のないことだろう。
つい数時間前に交代を告げられての初駅伝。
しかも、後ろに7秒差で城華大付属が迫っている状況だ。

「いよいよともちゃんのスタートなんだよぉ。なんと言うかさ、今朝のともちゃんはちょっとかっこよかったんだよぉ。てか、わたしは最低だったかなぁ。あずちゃんを怒鳴っちゃった」
紗耶の顔を見ると、なんとも気まずそうな顔をしていた。

「ううん。あれで良かったんだと私は思うよ」
私の一言に紗耶がぱっと私の方を向く。
でも私はそれ以上その話をせずに立ち上がった。

「さぁ、あと10分もすれば朋恵がやって来るわ。てか紗耶、信じられる? あの朋恵が4区を走ってるんだよ。入部した時は3000mで19分もかかってたのに。私、うちの部で一番才能があるのは朋恵じゃないかって考えるんだけど」

「わかったよぉ。ともちゃんがゴールして来たら、せいちゃんがそう言っていたって伝えておくんだよぉ」
紗耶も先ほどの会話を続ける気は無かったらしく、笑いながら手でオッケイの合図を作る。

「それはそうとせいちゃん、どうする? 4区の状況を逐一教えようかぁ?」
「ううん。いい。私は静かに朋恵を信じて待つから」
私が紗耶に告げると「じゃぁ、わたしもそうするよ」と紗耶はつぶやき、携帯を片付けてしまった。

その後は軽く体操をし、スポーツドリンクを口に含ませる。

そんなことをしながらも、自分の心臓音が聞こえて来そうな気がした。

やはり今年が最後だからだろうか。
それとも、ほぼ完璧に戻ったとはいえ、夏のブランクが不安なのか。
もしくは、城華大付属と何秒差でタスキが来るのか気になってしまうのか。

私にしては珍しくかなり緊張していた。

おかげで、係員が先頭が来たことを告げるアナウンスをした時、ビックリして飛び跳ねそうになってしまった。

「まもなく先頭が来ます。呼ばれた学校は中継ゾーンに入ってください」
間違いなく1番は城華大付属だろう。
問題は何秒差で来るかと言うことだ。

城華大付属が呼ばれたのち、桂水が呼ばれるまでの間が永遠のように感じられる気がした。