風のごとく駆け抜けて
私の乗ったバスが中継所に着く。
もちろん同じバスにはえいりんも乗っていたが、私とは話そうともしないし、目を合せようともしなかった。
こう言うところは中学生の時から何一つ変わって無い。
レース直前になると、えいりんは私と一切の接触を断つのだ。
きっと、中継所でも会話をすることはないだろう。
でも今はその方がありがたいと思う。
今日だけは私も集中力を切らすわけにはいかないのだ。
中継所に着き、シートを広げ場所を確保する。
時計を見るとスタートまで後1時間となっていた。
もう紘子はアップに出かけているだろうか。
私も、今日はゆっくりと体をほぐそうと、少しだけ早めにアップを開始することにした。
1人で軽めのウォーキング、ジョグ、体操、ストレッチと行ったところで、紗耶が私のところへやった来た。
「ひろちゃん、無事にスタートしたよぉ。もうすぐ1キロなんだよぉ」
紗耶は嬉しそうに携帯でテレビ中継を見せてくれる。
そう言えば、昨年は晴美がこうして見せてくれた。
「さぁ、間もなく先頭は1キロ通過。1キロ通過は3分6秒。これは昨年よりも4秒程速いタイムになります。先頭は昨年同様、城華大付属高校の雨宮、桂水高校の若宮です」
解説者の言葉通り、2人が並んで走っていた。
この前の高校選手権でも思ったが、紘子が雨宮桂の真後ろでは無く、真横に並んで走るのは随分と珍しいと思った。
高校選手権の時は何かを試していたと言っていた。
なにか勝算があると言うことなのだろうか。
1キロを過ぎ、2人は赤い大橋を渡って行く。
全長が300mもある大きな橋だ。
この橋が私の時はラスト1キロ付近になる。
大橋を紘子と雨宮桂はたんたんと走って行く。
この橋は昼近くになると強風が吹くことがあるらしいが、今の2人を見る限り、今年は大丈夫そうだ。
紗耶にお礼を言って私はアップに戻る。
レースの行方は気になるが、今私がしなければならないのは、体をしっかりと動かせるようにすることだ。
それにこの駅伝は折り返しコース。
私が今いる場所は道路を挟んではいるものの、1区にとってのラスト1キロ地点なのだ。アップをしていれば、そのうち紘子もやって来る。
そう言えば私が一昨年1区を走った時は、麻子が応援してくれた。
しかも麻子はわざわざ道路を渡って、より1区のランナーに近い場所まで来ていたのだ。
あれからすでに二年が経っていると言う事実に少し驚く。まるでほんの数ヶ月前に感じられる。
もう一度体操をして軽めのジョグをしていると先導車が通過して行った。
駅伝実施のアナウンスをしながら現在の状況を知らせてくれる。
「沿道のみなさまご声援ありがとうございます。現在先頭は、ゼッケン1番城華大付属高校、ゼッケン2番桂水高校の2チームが並走をしております」
紘子はあのまま頑張って並走をしているらしい。
コースを見ると、遠くにオレンジ色のユニホームと白と青のユニホームが見えた。
2人ともさっき紗耶の携帯で見た通りのまま、一歩も譲る気配も無く並走を続けていた。
「紘子! 頑張って! ファイト!」
必死に走っている紘子を見ていたら、自分でもビックリするくらい大きな声が出た。
紘子は中央車線側を走っている。つまりは私が今いる方だ。
そのせいか、余計にでも私の声が聞こえたらしい。
顔をこちらに向けることは無かったが、すこしだけ照れ笑いをして右手を軽く上げて、ギュッと握り拳を作ってみせた。
「大丈夫です。まかせてください」
その動作が、私にはそう言っているように聞こえた。
2人が走り去ると、私は荷物を置いた場所に戻りストレッチを始める。
紗耶はその間も、携帯で真剣に中継を見ていた。
「ひろちゃん、いけそうだよ」
紗耶が一言だけ言って携帯の画面を私に見せる。
「さぁ、1区もラスト100m。先頭は桂水高校の若宮。そのすぐ後ろには城華大付属の雨宮。2人の差は15mと言ったところか。ラスト300mで先に仕掛けたのは城華大付属の雨宮。しかし、桂水高校の若宮も冷静に対応。残り200mで追い付くと一気に突き放しにかかりました。その差が縮まりません。中継所で待ち受けるのは桂水高校の湯川。城華大付属の山崎、共にキャプテンです」
そうか。言われて気付いたが、2区は2人ともキャプテンだ。
「一昨年は1区澤野が区間賞。昨年は2区中盤から、5区ラスト200mまで先頭に立っていた桂水高校。今、若宮から湯川にタスキが渡ります。二年振りに1区区間賞の好発進。今年こそ歴史を変えられるのか桂水高校。そして、3秒差で城華大付属がスタート。さぁ、後続の姿がまったく見えません。それもそのはず。若宮のタイムが18分57秒。雨宮のタイムが19分00秒。ともに区間新記録。それも全国高校駅伝の1区区間記録にも迫る素晴らしいタイムです」
私の記憶が正しければ……。
紘子が雨宮桂に勝ったのは、これが人生で初なのではないだろうか?
紘子の走りは間違いなく私達に勢いを付けてくれた。
私も頑張らなくてはと言う気持ちが湧き出て来る。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻