風のごとく駆け抜けて
玄関先で待っていた永野先生と由香里さんの所へ行くと、オーダー表を渡してくれる。
もちろん知りたいのは一校のみ。城華大付属だけだ。
1区雨宮桂(2年)
2区山崎藍子(3年)
3区工藤知恵(2年)
4区貴島由香(3年)
5区市島瑛理(3年)
補員三輪なずな(1年)
補員伊達杏菜(2年)
城華大付属のメンバーは予想通りのメンバーだった。
私はメンバー表を見て、車の中で永野先生が言っていた言葉を思い出す。
紘子と雨宮桂、麻子と藍子、アリスと工藤知恵、梓と貴島由香、そして私とえいりん。
本当に今年は接戦になるだろう。
永野先生と由香里さんの車で旅館へと向かい、その後は軽めのジョグで最終調整を行う。
大丈夫。自分の脚はしっかりと動いているし、体も軽かった。
夏休みにブランクがあったものの、ギリギリで自分の体が戻って来たのだと確信した。
「これで、えいりんと全力で勝負が出来る」
都大路を掛けて戦う大事な試合のはずなのに、不思議とわくわくしている自分がいた。
練習後にお風呂に入り、食事を済ませミーティングを行う。
「よし! 書けた」
麻子が満足げな顔をして、私にタスキとペンを渡して来る。
昨年同様今年も、各学校でタスキを準備することになっている。
昨年使ったタスキは、永野先生が葵先輩に渡したので、今年もまた新しいタスキとなっていた。
「葵姉、あれを小さな袋に入れて、お守りのように肌身離さず持ってましたよ。間違いなく防衛大にも持って行ってますね」
タスキを見て梓が教えてくれる。
麻子から貰ったタスキを見て愕然とした。麻子が書いた言葉『一走入魂』これは一球入魂をもじっているのだろうか? そう言えば麻子は、昨年も謎の言葉を書いていた気がする。それが何であるかは思い出せなかったが……。
私は『ベストを尽くす』と書いて紗耶に渡す。
全員が書き終わると、永野先生がタスキを回収し、なにかを付け始めた。
一つ目はお守りだった。
そしてもう一つは……。
「後でお前らにも配るから。全員、ユニホームの左胸に付けとけ」
永野先生は、小さな黒いリボンを安全ピンでタスキに付ける。
晴美が亡くなったことによる喪章だった。
付け終わると、永野先生が話を始める。
「正直言ってあまり言うことは無いんだがな。全員が何をするべきか、しっかり分かっているようだし。まぁ、あえて言うなら……。今年は、1区から5区までのどの区間も、桂水と城華大付属に大きな差は無い。まさに僅差と言っていいだろう。正直、うちが全ての区間で区間賞を取っても不思議ではないし、城華大付属がすべて取ってもおかしくはないと思う。それだけの僅差の状況で、勝ちを引き寄せるにはどうしたら良いか。それは、勝ちたいと言う気持ちをいかに強く持てるか、と言うことだろうと思う。都大路に絶対に行くんだ。その気持ちをしっかりと持って、明日は走って欲しい。私からは以上」
永野先生の言葉に、私達は全員が声を揃えて返事をする。
「じゃぁ、由香里。副顧問として一言」
「は? はい?」
突然話をふられ、由香里さんが狼狽する。
「い……いきなり話をふられても。あの……えっと…………。そうだ京都、行こう!」
なぜか由香里さんが、観光キャンペーンのキャッチコピーを口にする。
でもそれが何を意味するのか、まったく分からなかった。
「あ、もしかして都大路が京都であるから、そこに行こうって意味ですか?」
梓が閃いたとばかりに手を叩き、由香里さんに尋ねる。
「ごめんなさい。そこまで深い意味はなかったけど、なんか駅伝のことを考えたら、とっさに言葉が出て来たの」
由香里さんは顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「はくしょん」
返事の代わりに、梓が大きなくしゃみをする。
「ちょっと梓、その返事はどうかと思うんだけど」
「違いますよ、麻子先輩。ただ単にくしゃみが出ただけで」
麻子に突っ込まれ梓は必死に弁明をしていた。
それを見て思わずみんなが笑いだし、ミーティングは終了となる。
私達3年生にとっての駅伝が、すぐ目の前にまで迫って来ていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻