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風のごとく駆け抜けて

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永野先生は、今日に限って一切何も言ってこない。
すべて私の判断に任せると言うことか。

藍子には悪いが、ここで藍子に勝てないようでは、えいりんにも絶対に勝てないと言うことだ。

それにこうして三年振りに藍子と走って思い出した。
えいりんと戦う時は、常に全力で相手をしないと、ふとした瞬間にやられてしまう。


そう言う意味では、清水千鶴との対戦が戦い方としては近いものがある気がする。とは言っても、清水千鶴よりもえいりんの方がよっぽどやりにくい相手ではあるが。

「県駅伝でえいりんと対等に戦うためにも、ここは藍子と積極的に勝負に行くべきだ」

私はそう結論を出し、残り3周の時点で藍子の前に出る。

藍子も、私が前に出た後200mはぴったりと付いて来た。
だが、それを過ぎると若干後ろに下がってしまう。

藍子の呼吸音と足音が遠ざかっていった。

藍子にとって、スタートからのペースは、やはりオーバーペースだったのかもしれない。

勝負は私が前に出るとあっさりと着いてしまった。

もちろんラストで追い付かれることも心配していたし、ラスト1周は倒れてもいいくらいの勢いで、がむしゃらに走った。

普段の練習も「ここで追い込まないと駅伝でやられてしまう」くらいの気持ちで走っているが、やはり実際に後ろから追いかけられるのは緊張感がまるで違った。

そう考えると、えいりんと勝負する前に、こうして藍子と勝負出来たのは良かったのかもしれない。

「9分29秒」
ゴールラインを駆け抜けた時に永野先生がタイム告げる。

後ろを見ると、藍子がもう少しでゴールするところだった。

「9分36秒」
タイムを聞いた藍子はがっくりとうなだれていた。
いや、十分に速いタイムだと思うのだが。

「分かってるわよ。自分でも分かってたわよ。勝てないことくらい」
息も絶え絶えに藍子は叫ぶ。
大声を出して、必死に酸素を取り込もうとしてるようだった。

「とり合えず2人ともダウンジョグに行け。話はその後だ」
永野先生に言われて、私も藍子もジャージを着て素直にジョグへ行く。

その間、藍子は一言も喋ろうとはしなかったし、私もなんと声を掛けてよいのか分からなかった。

ダウンジョグを終え、藍子を見ると、藍子にしては珍しく涙目になっていた。

「藍子?」
「最初から結果なんて分かってたわよ。市島瑛理にまったく歯が立たなかったのよ。それなのにあなたに勝てるわけがないじゃない。それにここ最近タイムがまったく伸びないし。それでも、このまま勝負せずに終わるのは絶対に嫌だったの。いいわよ。笑いなさいよ。負けると分かってて、部活サボってわざわざこんな所にやって来た私を」

私に叫びながらも、藍子は涙を流していた。
中学生からの付き合いだが、藍子が泣いた姿を見せたのは初めてのような気がした。

普段はレースで負けても不機嫌そうにするだけなのに。
と、永野先生が私達の所へやって来る。

「まぁ、あまり心配はしてないが。山崎、一応このことは城華大付属のメンバーには黙っておいてくれよ。もちろん、阿部監督にもだ」
「いえ。何があっても言いませんよ。ばれたら私が怒られます」
「それもそうだな。てかお前、澤野のことを聞いてるのか?」
「はい。市島瑛理からそれなりには」

「また市島か」
永野先生はため息を付く。

「本人の意思だからどうこう言わんが、素直に熊本にいてくれたなら、どれだけ楽だったが。まぁ、仕方ない。知ってるならそれでいい。今日の走りを見る限り、澤野はベストの状態で本番を迎えられそうだがな」

こう言う時、永野先生がお世辞を言わないのは、この二年半で十分に知っている。

だからこそ、その一言が素直に嬉しかった。
ここ最近のきつかった練習が報われた気がする。

「それと山崎。ライバル高校と言う損得を抜きにして、いち教師、いち顧問としてアドバイスしてやる。お前、一日でも早く病院行け」
永野先生の一言に、私はもちろん、藍子ですら驚く。

「この前の高校選手権を見た時に少し疑問に思ったし、今日の走りを見て確信した。お前、軽い貧血になってるぞ。きちんと病院で見てもらえ」

言われて藍子が「え?」と声をあげる。

「前回の検査は正常値でしたよ」

「阿部監督の指導方針が変わって無いのなら、全員で病院に検査に行くのは四ヶ月に一回だろ? この時期だったら夏合宿前に1回と、駅伝が終わって1回か。夏に走り込み過ぎると、それが原因で貧血になる可能性だって十分にあるさ。まぁ、山崎が高校を卒業して競技を続けるかどうかは知らないが、きちんと治しとけ。明日にでも病院に行けば、駅伝の時も少しは違うかもしれないだろ。今日も病院に行ったことにして、明日また検査になりましたとか言っておけばよいだろう」

私は思わず吹き出してしまう。
永野先生は、藍子の貧血を心配するだけでなく、今日部活をサボった理由まで考えてくれていたのだ。

まったく、どこまで優しいのだか。

藍子は、永野先生に深々とお礼をして帰って行った。

「永野先生、優しいんですね。部活をサボった言い訳まで考えてあげて」
さっき思ったことを口にする。と、永野先生に睨まれた。

「違うんだ。城華大付属陸上部の寮は色々と規則が厳しいんだよ。部活をサボったとばれたらどうなることか。本当に、あれは最悪だったぞ。サボたことを深く後悔したからな。それを知ってる分、知恵も貸したくなるさ」

それだけ言って、永野先生は記録をまとめている紗耶の方に歩いて行ってしまった。

それを聞いて私は、やはり十分に優しいなと思ってしまう。
それと、永野先生でも部活をサボったことがあるんだなと気付き、1人笑ってしまった。