風のごとく駆け抜けて
「藍子? 何があっても自己責任なら、私と勝負しても良いってさ」
私は永野先生の言葉を分かりやすく翻訳し、藍子に伝える。
「ありがとうございます」
藍子は永野先生に向かって深々とお辞儀をする。
「だいたい、永野先生がメニューを3000mのタイムトライに変更した時点で結論は出てるのよ。藍子、こっちに来て。部室に案内するから。そこで着替えて」
私は藍子を手招きして部室へと案内する。だが……。
「ちょっと澤野聖香。あなた、からかうのもいい加減にしてよ。どう見ても、ただのぼろい体育倉庫じゃない。なによ、やっぱり私と勝負するのが迷惑なわけ!」
「いや、ちょっと落ち着いて藍子」
私は必死で藍子をなだめる。
「こんにちは山崎さん。何度か対戦してるから、あたしのこと分かりますか? 桂水高校女子駅伝部キャプテンの湯川麻子です。まことに言いづらいのですが、そのぼろい体育倉庫が創部以来、ずっと駅伝部の部室なんですよ」
麻子が騒ぐ藍子に、営業スマイル全開で説明をする。
麻子に説明され、藍子も信じられないと言う顔で部室のドアを開ける。
中に私達の制服が置かれているのを見て、「いったいどうなってるのよ」と驚きを隠しきれずに叫んでいた。
すっかり慣れてしまっていたが、やはり私達の部室はぼろいようだ。
藍子を部室に案内し、アップをしていると急に緊張感が出て来た。
藍子との対戦も、中学3年生以来3年振りだ。
藍子はまったく気付いていないが、私は体力がまだ完全に戻り切っていない。
その状態でどこまで藍子と戦えるのだろうか。
でも、さっき藍子は気になることを言っていた。
えいりんに負けたのだと。
つまり言い方を変えれば、今の藍子よりもえいりんの方が速いと言うことだ。
と言うことは、ここで藍子に勝たないと、えいりんにも絶対に勝てないと言うことか。
色々と考えても仕方がない。まずは藍子との勝負に集中しよう。
スタート地点に並んだ時に、私も藍子もランパンにTシャツと言う姿だった。
「制服姿と言い、その姿と言い、なんか今日は初めての姿を色々と見れたわ」
「ふん、そうやって私を油断させようとしても無駄よ」
素直に意見を言っただけだったのだが。
まぁ、積る話は勝負が終わってからにしょう。
私と藍子、2人だけでスタートラインに並ぶ。
でもよく考えたら、最近いつも1人だったから誰かと練習出来るのはちょっと嬉しい気がした。
紗耶の合図で私と藍子が勢いよくスタートする。
まず先頭に立ったのは藍子だった。
私は藍子の後ろにぴったりと付く。
藍子の後ろを走るのは本当に懐かしい感じがした。
まるで中学生の時に戻ったようだった。
そうだ。あの頃は私と藍子、それにえいりんで県のトップを争っていたのだ。
藍子独特の走りのリズムが、私に昔のことを色々と思い出させてくれた。
トラックを一周して400mを通過する。
「72、73、74。一周74秒だよぉ」
リハビリ中のため、マネージャーに回っている紗耶がタイムを読んでくれる。
復帰した時は、今の通過タイムで1000m走るのも随分ときつかったが、今はかなり楽に行けるようになった。
まぁ、その分ここ一ヶ月で何度も地獄を見たが。
本当に永野先生は容赦がなかった。
ポイント練習もその日に突然言われるし、私が一番きついラインをよく熟知しており、いつもタイムが倒れる寸前ぎりぎりに設定されていた。
その設定タイムが少しずつ上がって来ると、自分の体力も戻って来たんだなと実感出来た。
それだけがここ一ヶ月で唯一の楽しみと言ってもよかった。
本当にそれくらいに練習がきつかった。
もちろん、駅伝のためと分かっているので毎日必死で走ったが。
そう考えると、今藍子と走っているのは、久々に練習自体が楽しいと思える。
3年振りに藍子と走っていてふと気づいた。
「藍子って、こんなにも歩幅が広かったけ?」
確かに身長は私よりも藍子の方が高い。
その分歩幅も広くなるはずだが。
それにしても、前の藍子に比べて広くなっている気がする。
考えられる可能性は二つ。
一つは城華大付属の練習で走り方が変わったこと。
高校生になって、藍子も相当厳しい練習をしてるのだ。
走り方が変わっても不思議では無い。
もう一つは……。
藍子がオーバーペースで走っていると言うこと。
自分が持っているスピード以上のペースで走ると、どうしても歩幅が大きくなってしまう。
今、この時点ではどちらかと言うことは分からない。
ただ、藍子がオーバーペースで走ってる可能性があることを、頭に入れおこうと思った。
「聖香。ファイト。落ち着いて行こう」
グランドの外周を逆走でジョグしていた麻子が声を掛けてくれる。
その応援を背に、私は藍子にぴったりと付いて行く。
そのままの状態で1000mを通過する。
通過タイムは3分8秒。やはり、誰かが前を引っぱてくれるとかなり楽に走れる。
中学時代、私と藍子、えいりんが競う場合は、いつもラストまでもつれたものだ。
今回もそうなってしまうのか。
いや、藍子のラストが高校生になってから随分と強くなったのは、何度も見て来たレースで嫌と言う程知っている。
こうして藍子に付いて行っているとは言え、体力が完全に戻り切っていない状態でラストスパートで争うのは、若干リスクが高い気がする。
だからと言って、今前に出るのも。
私は選択を迫られていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻