風のごとく駆け抜けて
レースが動いたのはその直後だった。
貴島由香がアリスを抜いて先頭へと出る。
その後ろから、貴島由香に付けていた麻子が一緒に前へと出て来て、貴島由香すら抜かし、先頭へと立った。
「麻子、頑張れ!! 残り600m! 落ち着いて!」
別に朋恵に注意されたからと言うわけでは無いが、麻子が先頭に立つと俄然応援にも力が入る。
麻子は先頭に立つと、スピードを緩めることなく貴島由香を離しにかかる。
もしかしたら貴島由香のラストスパートを警戒して早めに手を打とうとしてるのかもしれない。
と、3位に下がっていたアリスが貴島由香を抜いて2位へと上がって来た。
「すごいですし。桂水が1、2位で走ってますし」
紘子もレース展開に興奮し騒ぐ。
ホームストレートを走り抜け、ラスト1周の鐘が鳴る。
ゴールラインの真上辺りに陣取っている私達の眼の前を走って行く2人の目つきは、真剣そのものだった。
「いつも思いますけど、アリスってフォームが崩れませんし」
「確かにそうよね。まともに走り出して半年もたってないのに、中国総体へ行くわけだ」
私が感心するくらいに、アリスは綺麗なフォームで走っていた。
それもラスト300m地点にもかかわらずだ。
大抵ラストになると、力を使い切っているせいで、フォームが崩れがちになりやすい。
例えるなら今の麻子のように。
麻子はラスト300mを切っても未だに先頭で走り続けている。
2位のアリスと10m差、3位の貴島由香とは15m程の差だろうか。
アリスと比べているせいもあるが、麻子のフォームはお世辞にも綺麗とは言いづらかった。
それでも、腕を力強く降り、しっかりと地面を蹴っていた。
フォームは崩れているものの、前へと進もうとする意志は決して消えて無いように思える。
いや、むしろ前へ前へと言う思いがあるからこそ、フォームが崩れ気味になっているのかも知れない。
順位に変化が無いままレースは進んでいき、麻子が先頭でホームストレートに入って来る。
「麻子! 頑張れ!」
「麻子さんファイト!」
4人しかいない私達だが、どこの学校にも負けないくらいの大声で応援をする。
その甲斐があったのだろうか。
麻子が1着でフィニッシュ。
2位にはアリスが入る。
3位に貴島由香。
4位に城華大付属1年生の三輪なずなと続く。
「やったぁ。麻子が優勝した!!」
「湯川さんすごい」
「アリスちゃんも2位ですよ」
「1、2フィニッシュって桂水初じゃないですか?」
私達4人は興奮が冷めやまず、ハイタッチをして、抱き合っての大騒ぎだった。
あまりのはしゃぎっぷりに永野先生に「落ち着けお前ら」と注意される。
「まぁ、綾子。大目に見てあげなさいよ。なんたって、澤野さん以外が県で優勝したのは初めてなんだから」
由香里さんの言葉に私は動きが止まってしまう。
「どうしたんですか聖香さん? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしてますし」
あまりに私が驚いていたからだろう。
横から紘子が不思議がる。
「え? 私以外の優勝って、初めてだっけ……」
そうなのだ。私にはそれが信じられなかった。
だって、今まで中国総体にも出場しているし、駅伝でも2年連続2位、紘子にいたってはインターハイ4位なのに。
「なんだ澤野? えらく驚いてるが? そうだぞ。今の湯川の優勝が、澤野以外では初のトラック優勝だな。区間賞は何度かあるが」
そうなのか。冷静に今までを思い出す。
確かに紘子が毎回2位に入っているが、優勝は私だけだと気付く。
「これは駅伝部として大きな前進だな」
永野先生は妙に嬉しそうにしている。
でも、確かに分かる気がした。
この麻子の優勝は、間違いなく桂水高校女子駅伝部の流れを変えてくれるはずだ。
レースを終えて戻って来た麻子とアリスに、みんながお祝いの言葉を次々と述べる。
「今日の朝、散歩をしててアリスと約束したの。1、2位を独占して駅伝部の流れを良い方向へと変えてみせようって。達成出来て本当に嬉しい。今まで、走りの面でキャプテンとしての役目を果たせてなかったら」
麻子は大きな使命を成し遂げたと言わんばかりに、胸をなでおろしていた。
その後行われた表彰式。
一番高い台に立った麻子は、まるでサンタクロースからプレゼントを貰った子供のように、嬉しそうな顔をして私達に手を振っていた。
「なんとも嬉しそうな顔をしてるわね麻子」
「日本選手権で表彰台に上がった澤野は、あれ以上に嬉しそうな顔をしていたぞ。あまりの嬉しさに笑顔が溢れてなんとも可愛かったなあ」
私の横で笑う永野先生に、「はいはい。また冗談を」と言うと、永野先生が携帯を取り出し一枚の写メを見せてくれる。
それを見て私は顔が赤くなってしまった。
今、永野先生が言ったことが真実だと分かってしまったからだ。
陸上雑誌にも表彰式の写真は掲載されていなかったため、まったく気付いていなかったのだ。
自分で言うのもなんだが、これは喜び過ぎではないだろうか。
本当に恥ずかしくて、「他の部員には見せないでくださいね」と強く永野先生にお願いをせざるを得なかった。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻