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風のごとく駆け抜けて

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夕方になり、食事のために大広間に行くと貴島由香とえいりんがこっちにやって来た。

 やはり今回も、城華大付属と宿舎が一緒だったようだ。

「ねぇ、さやっち大丈夫だったの?」
「あれ、なにがあったの。藤木さんが突然倒れたけど」

矢継ぎ早に聞いてくる2人に事情を説明する。
ただ、県駅伝に間に合わないと言うことは黙っておいた。

夕食を取って部屋に戻りお風呂へと行く。
いつもなら旅館に着いたら食事の前にお風呂なのだが、今回はバタバタしており後回しになっていた。

お風呂から上がり荷物を片付けていると、部屋のふすまが開く。

「おまえら、ちょっといいか」
永野先生がいつのまにか旅館に到着していたようだ。
私達はすぐに作業を辞めて、先生の前に座る。

「由香里から大体のことは聞いていると思う。あれからの話をするとだな、藤木は検査入院だけでなく2、3日くらいは入院することになりそうだな。まずは絶対安静が優先だそうだ。それと容態だが、簡単に言うとぎっくり腰だな。厳密に言うと違うのだが。ただ、相当ひどくやっているようで、県駅伝はメンバーから外すしかなさそうだ」

永野先生は都大路を走れる可能性については何も言わなかった。
私達も誰1人、それについては聞けなかった。

「あの……。どうして藤木さん、あんなことになったのでしょうか」
朋恵が恐る恐ると言った感じで、永野先生に質問する。

「私もそれは疑問に思ったんだ。で、藤木に聞いてみたんだけどな」
永野先生は大きくため息を付く。

まるでとても言いにくいことを言うための覚悟を作るかのように。

「責任をずっと感じていたんだと」
誰もがその言葉の意味が分からなかった。

私は隣にいた紘子を見るが、紘子も首を傾げるだけだった。

「まぁ、本人はすべて話しても良いと言っていたが……」
一言喋りまた永野先生は口をつぐむ。

「昨年の県駅伝、城華大付属に負けたのは自分のせいだと、藤木はずっと思ってたらしい。だからあの駅伝以降少しでも強くなろうと、学校の部活とは別にほぼ毎日10キロくらい走っていたそうだ。今回の件も原因はあきらかにオーバーワークによる疲労の蓄積だ」

私は、夏に紗耶の双子の姉である亜耶に会ったことを思い出した。

確かにあの時、紗耶が朝練をしていると言っていたが、まさか一日に10キロも走っていたとは……。

それ以前に、紗耶がそこまで自分を責めていたなんて。
確かに駅伝の時は大泣きをしていたが、修学旅行の時などはすっかり元気になっていたのに。

普段の部活でも、紗耶は今まで以上に練習を頑張るようになっていた。
でもそれは、私自身も思っているような『今年は最終学年だし、なんとしてでも都大路へ』と言う気持ちからだと思っていた。

まさか、昨年の責任を感じていたからだとは想像すらしていなかった。

「馬鹿でしょ紗耶。あの時の敗因は別に紗耶じゃないのに。なんであたし達に何も相談せずに1人で抱え込んでたのよ」
麻子は自分の唇を噛みしめ、ギュッと拳を握っていた。

その後は誰も喋らなかった。永野先生すら黙ったままだ。

しばらく重たい空気が部屋に流れる。こ
の空気を変えたいと思っても、その方法が分からなかった。

「まぁ、そう言うことだから。あと、明日の朝食時間だが」
黙っていても仕方ないと思ったのだろう。
事務的な要件を伝え、永野先生は部屋を出て行こうとするが、ふすまの前で足を止めた。

「そうだ。今ここにいる全員に言っておく。我々の目標はあくまで都大路出場だ。それに一切の変更はない。ただ、その目標に対して絶対に1人で思いつめないでくれ。駅伝は1人で走れるもんじゃないんだ。藤木を含め全員の力がいるんだ。これ以上誰かが欠けるのは困る。それに……。こう言う言い方は卑怯かも知れないが、佐々木が悲しむ顔はこれ以上見たくない」

私達の反応を見ることなく、永野先生は部屋を出て行った。

「晴美が今の現状を見たらなんて言うんでしょうね」
麻子が消えるような声でぽつりとつぶやく。

誰もがその一言に複雑な顔になる。

「多分、晴美はそんなに難しいことは言わないと思う。『よく考えて欲しいかな。紗耶と梓ちゃんの3000mのタイム差はそんなにないんだよ。みんなでそれをカバーして行けば十分に戦えるかな。それに紗耶だって都大路を走れる可能性は残っているわけだし。勝手に悲観的になる前に、まずは自分に出来ることをやるべきなんじゃないかな』とかそんな感じ? はは。幼稚園の頃から一緒だったのに、晴美の口癖って意外に分からないや」

頭の中で必死に晴美の姿と行動を思い出しながら真似てみた。
真似てみると、晴美はいつも前向きな発言が多かったなと気付く。

「すごい。さすが聖香さんですし」
「いや、本当に晴美ならそう言いそうだわ」
なぜか紘子と麻子が驚きの顔でこっちを見る。

思い出とは別に、こう言った形でも晴美が自分の中に存在していると言うことに、私はこの時初めて気付いた。