風のごとく駆け抜けて
「あ、そう言えばさあ。今日のレース、どうしたの? 珍しく先頭にたったり、横に並んだりしてたけど。何か雨宮桂に対して思うところがあった?」
今撮ったばかりの写真を眺めていた紘子が、こっちを向いて驚く。
「え? もしかして分かったんですか?」
「いや、何が分かったのかは知らないけど、あきらかに紘子が何かを試してる感じはしたわよ。なんか永野先生も気付いているみたいだったけど。その直後に紗耶が倒れてしまったから……」
それを聞いて紘子も「あぁ……」と一瞬、黙ってしまう。
「やっぱり永野先生にばれてるし。いえ、インターハイの決勝を走ってて少し思うことがありまして。帰りの飛行機でも先生に少しは相談したんですが。今日、ちょっとそれを試してみました。だから今日は桂に負けても悔しくないですし。むしろ、下手に勝って警戒されると駅伝がやりにくいので。でも駅伝は見ててくださいね」
紘子が口を開くと、言葉と一緒に自信も出て来ている気がした。
そして、ふと気になることがあった。
「ねぇ、永野先生はインターハイの時どうだった? ほら移動の時とか」
なぜそんなことを聞くのですか? 紘子の顔には、はっきりそう書かれている気がした。
それでも私がじっと紘子の顔を見ていたからだろう。紘子は質問に答えてくれた。
「別にいたって普通でしたよ。あ、なんか体調悪いみたいで少し辛そうではありましたけど、先生も心配ないからって言ってましたし。現に向こうに着くとすっかり元気になってました。あ、帰りも疲れが出たんでしょうね。少し具合悪そうでしたが、特には」
一緒に飛行機に乗った私なら分かる。
どうやら永野先生は相当頑張ったようだ。
部活に復帰してからその話を聞くのを忘れていた。
今度、永野先生に直接聞いてみよう。
紘子と2人でしばらく雑談をしながら待っていると、みんなが次々と帰って来た。梓も随分と落ち着いており、安心する。
全員がそろったところで由香里さんの車で旅館へと向かう。
私自身がそうであるように、みんなも紗耶のことを心配しているのだろうか。
誰1人車の中で喋ろうとしなかった。
旅館に到着して、部屋に荷物を置く。
部屋に到着してもみんな黙ったままだった。
「もう! これじゃ何も始まらないし、何も解決しないじゃない!」
この沈黙に耐えられなかったのだろう、麻子が突然叫び声をあげる。
みんなが麻子に注目するのと同時に、麻子がすっと立つ。
「みんな聞いて! 駅伝部には最近色々なことがあったわ。今日の紗耶のこと。晴美が亡くなったこと。聖香の引き篭もりのこと。悲観的になるなって方が無理かもしれない。でも今のこの現状からでも、みんなの力を合わせれば、都大路出場を勝ちとれるとあたしは信じてる。落ち込む暇があったら前へと進むわよ。そのためにもまずは笑顔を大切にしましょう。そして常に自分の最高の走りを追及していこう」
麻子の呼びかけに誰もが頷く。
さすが麻子だ。やはりこう言う時には随分と頼りになる。
でも、これだけは言っておかなけばならないと思った。
「ちょっと麻子? 私の引き篭もりってどう言うことよ。いや、確かに引き籠ってましたけど。天の岩戸伝説もビックリなくらいに引き籠ってましたけど」
「自分のことをそうやってネタに出来れば、もう心配ないわね。まったく……。あなたには入学当初から手を焼かされるわ。忘れないでよ。確かにあたしがキャプテンで、うちの部のエースは紘子。これは間違いないわ。それでも、このチームの要はあなたなのよ聖香。あなたがいないと駅伝部が機能しないのよ」
いきなり突拍子も無いことを言われ、私は「うん?」と首を傾げるしかなかった。
と、由香里さんがものすごい勢いで部屋に入って来た。
「綾子から連絡があって……。藤木さん、精密検査のために1日入院するそうよ。御両親が今病院に向かわれてて、そのまま明日実家に帰るって。綾子は藤木さんの両親に事情を説明してからこっちに来るみたい。それと、藤木さんの容態だけど……」
由香里さんが唇を噛みしめる。
とても良い言葉は期待出来ない。私はそう感じた。
「最低でも二日間は絶対安静。全治にはおおよそ一ヶ月から一ヶ月半くらいかかるって。どうもぎっくり腰のかなり酷い状態みたい。詳しくは綾子が夜に説明するって言ってたわ」
今が9月の終わり。県駅伝が11月上旬。
今の由香里さんが告げた一言は、紗耶が県駅伝のメンバーを外れると言うことを意味していた。
あまりの出来事に涙が出そうになった。
でも、麻子の一言がそれを止めてくれた。
「つまり、都大路には間に合う可能性はあると言うことですね。それがせめてもの救いです。頑張って都大路を勝ち取って、紗耶が走れる場所を作ってみせます」
そうだ。都大路は12月の中旬。可能性は残っている。
「もうやるしかないわね」
私の一言に麻子も頷く。
「まったく、やってられませんし」
紘子がため息を付く。麻子が一瞬だけ紘子を睨んだのを私は見逃さなかった。
「どうなってるんですか3年生は。晴美さんは勝手に1人で都大路に行ってしまう上に、いなくなってしまうし。紗耶さんは都大路じゃなきゃ走れないって言うし。聖香さんと言えば、夏の間引き籠ってしまうし。麻子さんは模試でD判定しか出ないくらい頭悪いし。しょうがないですね。そんな先輩方が少しでも楽出来るように。自分も今まで以上に努力します。このまま桂に負け続けるのもいい加減腹が立って来ましたし。今年の1区で流れを引き寄せてみせますし」
「ちょっと紘子」
麻子が紘子に詰め寄った。
「なんであたしの模試の結果を知ってるわけ。てかあれは第一志望がD判定なだけで第二、第三志望はB判定出てるのよ。それに勉強なら一ヶ月半引き籠っていた聖香を心配するべきでしょ」
麻子が急に私に話をふって来る。
でも、麻子には申し訳ないが真実を言うしかなかった。
「ごめん麻子。引き籠って体力が落ちたのは事実なんだけど、学力はそこまで落ちて無かったみたいで……。復帰してすぐに受けた模試の結果が一昨日帰って来たけど、第一志望はA判定だった」
こっちを見ていた麻子の口があんぐりと開いていた。
朋恵と梓が耐え切れなくなったのか、くすくすと笑っていた。
「こら、朋恵、梓。笑わないでよ。頭の良いあなた達2人に笑われると、余計に私の頭の悪さが際立つのよ。だいたい、頭が悪いってのは、聖香の専売特許だったはずでしょ? なんでいつのまにかあたしのポジションになってるのよ」
これには誰もが耐えられず、大笑いをしてしまう。
見ると由香里さんまでもが押し殺すようして笑っていた。
作品名:風のごとく駆け抜けて 作家名:毛利 耶麻